なぜ3年以内に退職する若者が増えているのか。リクルートワークス研究所の古屋星斗さんは「かつての若者は企業に育てて貰えたので、『この仕事で一人前の社会人になれるのか』という課題に悩まなくてよかった。『ゆるい職場』で働く現代の若者は、まずそこに取り組まなくてはならない」という――。

※本稿は、古屋星斗『なぜ『若手を育てる』のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)の第6章「『ゆるい職場』時代の育て方改革 5つのヒント」の一部を再編集したものです。

退職届を手にするビジネスパーソン
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「石の上にも三年」言説の終焉

「育て方改革」の必要性について、もう一点構造的な理由に触れておこう。「上司・マネジャーが自分の育てられてきたやり方で、部下・若者を育てられない」問題をここまでの本書の内容をふまえて深掘りしよう。

ここ5〜6年で日本の職場は大きく変わった。その前後で若者の初期キャリア形成における成功法則は徐々に意味を喪失しつつあると言えよう。

「もっといまの仕事に打ち込め」「3年は我慢してやってみろ」。こういった言説は、もちろんかつては間違っていなかった。例えば、「3年は我慢」という“石の上にも三年いれば暖まる”言説はいまだに語られることもあるが、これは働き方改革以前の労働社会で企業から自動的に負荷の高い仕事が提供されていた状況が前提にあると考えられる。

神戸大学名誉教授の金井壽宏氏が提唱した「最低必要努力投入量」という概念では、ひとつの分野で優位性を持てる専門性を確立するためには一定の時間・一定の努力量が必要とされている。

労働社会においてはこの最低努力量ルールは普遍的なものだろう(もちろん単に量的な努力量というよりは、「質×量による努力量」と解される)。スキル・経験・ネットワークの量が不十分な職業人に対して、取引相手がそれが十分な者と同じ対価を払うことはありえないためだ。

いつまで経っても「最低必要努力投入量」に達しない

ただ、働き方改革以前・以後で、この言説が若者と職場の関係性に与える意味が全く異なることに注目する。働き方改革以前の職場においては、企業がその仕事をする理由などを明示せずに自動的に、所属する若者に大量の仕事を課すことができた。

これを「我慢して」「何年かこなしていれば」最低必要努力投入量をクリアできたという、かつての若者たちの成功体験を生んでいたのではないか(もちろん、クリアした分野が意中の分野かどうかは全くわからないが)。こうした職場環境においては、「石の上にも三年」は社会人の成功法則として説得力があったと言えよう。

ただし、働き方改革以降の職場においては異なる結論となる。その職場で待っていても十分な経験が自動的には提供されないわけだから、“我慢をしてこなしていても”何年たっても最低必要努力投入量に達しないのだ。

この一点を見るだけでも、働き方改革以前の職場で若手時代を過ごした上司・マネジャーと、初期のキャリア形成における状況が全く異なること、そしてその経験が参考になりづらいことがわかるだろう。