上司は完璧すぎたら駄目。「わからない」って言っていい
「別に日本のサラリーマンに元気になってほしいとか、そういうつもりはまったくありません」
トレードマークの金髪にカラフルな洋服を身に纏った気鋭のクリエイターは開口一番、言い放った。
「僕はこの本を昔の自分に宛て書きました。広告代理店でデザイナーをしていた20代から30代、デザイナーでありながら自分の個性がわからず焦ってばかりいたその頃の自分に、それでも面白いものはつくれるよ、と言ってあげたかったんです」
箭内さんは、52人のお笑い芸人を一度に起用した資生堂「uno」など、話題のCMを次々と手がけてきた。そんな彼の仕事術とくれば、溢れんばかりの才能を武器にした独自のスタイルを真っ先に想像する人も少なくないだろう。
しかし本書は、むしろこだわりを捨て、「流されること」を推奨している。余分な力が抜けた状態を保つことで、相手に合わせて変幻自在を繰り返す。さらには相手の力を利用して、自分が持つ以上の力を発揮する。合気道にも通じる方法論だ。
「32歳まではオリジナリティの呪縛に囚われて失敗や挫折の連続でした」と箭内さんは言う。華々しく活躍する周囲を横目に悶々とする日々。このままでは会社からも見放されてしまう。そんな危機感からデザイナーの肩書を自ら捨て、CMの映像を専門とするCMプランナーに転向した。すると、その日から突然デザインがうまくなった。
「もうデザイナーではない、と思ったら突然呪縛から解放された。就職して以来、会社や仕事はこういうものだ、デザインはこうあるべきだ、と勝手に自分で決めて自爆していたんですね。セルフSMというか(笑)」
企業の中で苦しむ多くの人も、実は自ら自分を縛っているだけではないか、と箭内さんは指摘する。上司は上司らしく、部下は部下らしく、それぞれの役割を完璧に演じようとする。でもそれは、企業や社会の発展を阻む一番の原因ではないか。
「上司も完璧すぎたら駄目。完璧すぎると、部下はそれに従うしかなくてクリエイティビティが発揮できない。時には『わからない』って言っていいんです。そこから部下との対話が生まれ、思いがけないアイデアや結果に結びついたりするんです」
失敗や逆境さえ逆手に取る箭内さんにもはや怖いものはないといった感じだが、20代の頃実際に本書に出合っていたら?
「う~ん……やはり駄目になっていたかもしれない(笑)。悶々と悩む時期は大切なんですよ。でもその先には、意外と自分の時代がくるかもしれない。苦労を知っているか知らないかの差は、大きいと思うんです」