※本稿は、山口周『武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
アメリカの心理学者。精神病理の理解を目的とする精神分析と人間と動物を区別しない行動主義心理学の間の、いわゆる「第三の勢力」としての人間性心理学を提唱した。人間の欲求には段階があるという「欲求5段階説」でよく知られている。
実証実験で裏付けられた概念ではない
マズローの欲求5段階説については、すでにご存知の方が多いと思います。確認しておけば、マズローは、人間の欲求を次の5段階に分けて構造化しました。
第2段階:安全の欲求 (Safety needs)
第3段階:社会的欲求/愛と所属の欲求 (Social needs/Love and belonging)
第4段階:承認(尊重)の欲求 (Esteem)
第5段階:自己実現の欲求 (Self-actualization)
マズローの欲求5段階説は、皮膚感覚にとても馴染むこともあって、爆発的と言っていいほどに浸透したわけですが、実証実験ではこの仮説を説明できるような結果が出ず、未だにアカデミックな心理学の世界では扱いの難しい概念のようです。
マズロー自身は、これらの欲求が段階的なものであり、より低次の欲求が満たされることで、次の段階の欲求が生まれると考えていたようですが、この考え方も後にあらためるなど、提唱者自身の言説にもかなりの混乱が見られます。
「欲求5段階説」は私たちの人生にどう役立つか
確かに、少なくない数の成功者は、功成り名を遂げた後で、セックスやドラッグにはまり込んでいくことを私たちは知っています。セックスというのはこの枠組みで普通に解釈すれば、第1段階の「生理的欲求」ということになりますから、マズローが当初主張した「欲求のレベルがシーケンシャルに不可逆に上昇していく」という仮説は、ちょっと考えただけで誤りだということがわかります。
このように書くと、もしかしたら「いや、それはマズローの言う意味での“生理的欲求”とは違うんだ」といった反論があるかも知れませんが、そもそもマズロー自身による「欲求の定義」は、もとから曖昧な上に、時間軸で揺れ動いているようなところがあるので、こういった議論にはあまり意味がないように思います。
プラグマティズムに則れば、マズローの欲求5段階説の正しい解釈を考えるよりも、それが自分の人生においてどのように役立つのかを考えるほうがはるかに重要です。