小学3年生以下のこどもに1人で留守番や外出されることを禁じる埼玉県虐待禁止条例案に批判が集まり、撤回された。『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)の著者で精神保健福祉士の植原亮太さんは「虐待は衝動的に起こることがほとんどで、条例づくりはほとんど意味がない。むしろそうしたルールによる縛り付けが親を余計に追い詰めることになる」という――。
児童虐待のイメージ。階段にうずくまって泣いている子と成人男性の握りこぶし
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「1人で留守番・登下校」はネグレクトとは大きく異なる

2023年10月に埼玉県議会で採決される見通しだった「埼玉県虐待禁止条例」の一部改正案は、反対意見があまりにも多いことを理由に取り下げられました。小学3年生までのこどもを1人で留守番させたり、登下校をさせたりすることを「虐待」であると定義したことが要因のようです。

こどもを虐待から守ることは大切です。これは現代日本の喫緊の課題です。

本稿のテーマは、法律や条例で厳罰化することが児童虐待の抑止力になるのかどうか、です。

これを考えていくために、まずは虐待の性質そのものを理解していく必要があります。こどもの苦痛を「放置している」虐待と、留守番や登下校をこども「1人でやらせる」のとは、あきらかに異なるのです。

虐待・心中を選ぶ親はどんな問題を抱えているのか

毎年、こども家庭庁は『こども虐待による死亡事例等の検証結果等について』を公表しています(厚生労働省から引き継がれました)。こどもが命を落としてしまうほどの重大事例を検討していくのは重要です。通常では起こり得ない例外的な事例を精査していくことが、児童虐待を理解する手掛かりになるからです。

この報告書では、こども虐待死を「心中以外の虐待死」と「心中による虐待死」に分けています。実は虐待死と言っても、このように大きく区別されるのです。こどもが死んでしまうという点で両者ともに虐待死とされているのですが、一方的にこどもを死なせてしまう「心中以外の虐待死」と、親が子を道連れにする「心中による虐待死」とでは、かなりの差があるのです。

図表1は、こども虐待による死亡件数・人数の推移です。

毎年、心中以外の虐待も、心中による虐待も、決して途絶えることなく起きていることがわかると思います。おそらく、これは氷山の一角でしょう。

では、なぜこどもを一方的に死なせてしまうことが起こるのでしょうか。

心中してしまう親はどのような問題を抱えているのでしょうか。

これらを精神科領域の観点から順に解説していきます。