児童虐待は他の「犯罪」とは性質が異なる

令和2年4月に施行された改正児童虐待防止法によって体罰禁止が法定化されました。これが虐待防止の効力になっているのかを見ていきましょう。以下の表は、報告書を基に筆者が作成したものです。

【図表】心中以外の虐待死
『子ども虐待による死亡事例等の検証結果等についての概要』第18・19次報告を基に筆者作成

法改正前と後で比較してみます。法的な効力で虐待死を抑制することができていないと言えるのではないでしょうか。

児童虐待を理解するうえで重要なことは、一般的な「犯罪」とは性質が異なるという事実です。法律の抜け穴を狙って行おうとするものではなく、暴力は突発的かつ衝動的に起こりますし、慢性的に無関心であることに計画性も犯罪性もないのです。

私がスクールカウンセラーとして勤務していた時のことです。ある小学校2年生の男の子が校内に掲示されているポスターを見ながら言いました。

「叩くの禁止になったのに、まだ叩かれる」

彼は児童虐待防止法が改正されて、体罰は虐待であると法定化された旨を知らせるポスターを見ていたのです。必ずしも法律による厳罰化が虐待の抑止力にはならないのだと、痛感させられた瞬間でした。

「規範意識の希薄な者には法による抑止効果はない」

生田勝義教授(立命館大学)は、法学の観点から厳罰化が抑止力にならないという考察をしています。以下に引用する論文は、危険運転致死傷罪などの法制化に効果があったのかを提起するものなので、児童虐待防止法や冒頭の埼玉県の条例案とは単純に比較することはできません。が、示唆に富む指摘のため『刑罰の一般的抑止力と刑法理論 批判的一考察──』から紹介することにします。

先に結論だけを示すと、

「刑法による犯罪の一般的抑止効果は極めて限られたものであるといわざるをえない。それにもかかわらず、犯罪や逸脱行動の事前予防を刑法に頼ろうとする傾向がますます強まろうとしている」

と述べられています。

なぜ、抑止効果が限られるのかというと、

「そもそも規範意識の希薄な者や規範意識が鈍磨した者に対しては、<中略>本人の認識・自覚がないかぎり、抑止効果をほとんど持たない」(太字は筆者による)

としています。

先に私は、虐待には計画性も犯罪性もないと述べました。親が子を一方的に死なせてしまうような虐待は、親の認識や自覚の問題ではないことがほとんどなのです。

つまり親側の――

①「共感性の欠如と感情のコントロール不全」という精神科的問題
②「規範」への理解力不足や守る意識の希薄さ

これら生来の要因が折り重なって多くの虐待は起きており、かつ厳罰化の予防効果はないに等しいのです。