「顧客」が異なるアマゾンと楽天

2000年代初頭の踊り場を脱した楽天は、2004年にはプロ野球球団、東北楽天ゴールデンイーグルスを設立する。その後はポイントサービスを導入しつつクレジットカード事業を始める等、店舗の利便性と囲い込みをうまくはかりながら今日に至っている。

なるほど、アマゾンも楽天も、事業を拡大する中でビジネスの仕組みを変えてきたことがわかる。繰り返していえば、アマゾンは在庫を持たないネットビジネスから、在庫を持ちかつデータベースの優れた運用を元にしたビジネスへと変容を遂げた。楽天は、定額制から従量制へと料金体系を変更する共に、楽天グループとして多角化していった。

一方で、個人的に興味深いのは、アマゾンと楽天では決定的にビジネスモデルが今も異なるという点にある。なによりも、主要な「顧客」が異なるのである。平たくいえば、アマゾンの顧客は最終消費者であるのに対し、楽天の顧客は出店してくれる店舗である。もちろん、今では、アマゾンはマーケットプレイスなどを通じて店舗とも取引するし、楽天は逆に直営店を通じて最終顧客と取引する。その限りではどちらかひとつだけというわけではないが、それでも主要な顧客は今も異なっていると考えられる。

アマゾンについてはいうまでもあるまい。楽天については、三木谷氏自身が『成功のコンセプト』の中でそのことに言及している。ビジネスを始めたとき、誰が顧客なのかを徹底的に考えた。そして、店舗こそが、特に中小の店舗こそが、自分たちの顧客なのだと定義したという。どちらが正しく、どちらかが間違っているということではない。そうではなく、顧客の定義によって、ビジネスモデルの具体的なあり方が変わってくるということが重要である。

近年では、複数のユーザーグループを念頭に置きながら、収益モデルを構築する為の具体的な枠組みとして、ツーサイドプラットフォーム(TSP)が知られるようになっている。ハーバードビジネスレビューにわかりやすい原稿「ツー・サイド・プラットフォーム戦略 「市場の二面性」のダイナミズムを生かす」がある 。また、早稲田大学の根来先生を中心としたIT戦略研究所の研究資料として、より高度な戦略構築として「パラレル・プラット・フォーム」の論文もネットで確認できる 。

→「ツー・サイド・プラットフォーム戦略 「市場の二面性」のダイナミズムを生かす」
http://www.bookpark.ne.jp/cm/contentdetail.asp?content_id=DHBL-HB200706-005
→「パラレル・プラット・フォーム」
http://www.waseda.jp/prj-riim/paper/2010_RIIM-WP-34-2.pdf

TSPとは、その名の通り、一つの企業が二つ(以上)の異なるユーザーグループを対象にしてビジネスを行うことをいう。どんな企業も多様なステイクホルダーに囲まれていることはいうまでもないが、TSPでは、その多様性がもう少し操作的に取り扱われる。

TSPでよく取り上げられるのは、パソコンOSやテレビゲームである。パソコンであれば、マイクロソフトはWindowsを最終消費者というユーザーグループに販売しつつ、一方で、ウィンドウズ上で起動するアプリケーションの開発キットを開発者やソフトウェアベンダーというユーザーグループにも提供している。テレビゲームも同様に、任天堂やソニーは、最終消費者にゲーム機器を提供しつつ、ゲームソフト開発をソフトウェアベンダーに行わせる。自らはプラットフォームを提供し、その上で複数のユーザーグループに参加してもらうわけである。

ここで大事なことは、これら複数のユーザーグループのうち、どこから収益を得るのかを決めることである。逆にいえば、特定のユーザーグループを優遇し、場合によっては無料で集客するという判断が重要になる。TSPの最大の特徴として、一つのユーザーグループが大きくなると、それによって別のユーザーグループが恩恵を受ける。Windowsやテレビゲームを使う最終消費者が増えれば、ソフト開発の誘因が大きくなり、逆に、ソフトの数が増えれば、最終消費者にとっても利便性が高まる。それゆえに、プラットフォーマーとしては、すべてのユーザーグループに等しく課金するのではなく、積極的に一方を無料で開放するなどして、全体としての収益性を高めようとするのである。

例えば、先の電子書籍についても、この点から考えてみるというのはどうだろうか。楽天は出版社から収益を得ようとしており、逆にアマゾンは最終消費者から収益を得ようとしている、といったふうに、である(ひとまずの例であって、実際はもっと複雑だろう)。少なくともそう考えると、タブレットを発売する意味についても、単に早めに囲い込んで後で利益を回収するというだけではなく、横の広がりがみえてきそうだ(とはいえ、特に出版社側との取引関係は、今回は2次資料では集めきれなかった)。分析のアイデアだけ提示しておきたい。

それから、誰が顧客かという点を踏まえると、実は最初にみた楽天とアマゾンの売上比較はフェアではない。楽天の場合、楽天自身の売上ではなく、楽天市場全体の取引総額をみる必要がある。そこで楽天市場全体での取引総額をみると、2011年末には1兆円を突破したとされる。小売の規模という点で比較をするならば、こちらで比べたほうがいいだろう。1兆円をすでに超えているとすれば、ずいぶんと大きな取引額を持っていることになる。さらに、証券などを含む楽天グループとしては、2009年にすでに1兆円を突破している。異なるビジネスモデルのもとで、結構いい競争をしているとみることができるのかもしれない。