夜のキャストが姿を消し、昼の舞台へ

翌朝のまだ暗い中で目を覚ます。日没後に飛来したウミツバメやミズナギドリは、夜中の間にオスとメスが抱卵を交代し、日の出の前にまた海に向かって飛んでいく。その姿を見るためだ。

ツェルトの外に出ると、海鳥たちが木に登って枝から飛び降りている。体重の軽いクロウミツバメには、ナンバンカラムシというちょっと丈夫な草をよじ登り、その上から飛び立つものもいる。

滑空に適した長い翼を持つ海鳥たちは、はばたきの力だけで地上から離陸するのが苦手なのだ。このため、高い場所からジャンプすることで飛び立つ。朝焼けの海に向かって飛んでいく姿は美しい。

海鳥がひとしきり飛び立つと、夜の喧騒が嘘のように静まり返る。一瞬の静寂の後に、メジロのコーラスが始まる。夜のキャストが姿を消し、昼の舞台への転換の合図だ。

そこで、はたと思い出す。

あれ? そういえば昨日はあんなにたくさんのクロウミツバメが飛来したのに、その光景を一枚も写真に撮っていないぞ!

塚本さんの言っていた通りだ。どうやら本当に心を動かす光景に出会った時には、写真を撮ろうなんて意識はなくなってしまうようだ。

写真撮影は、また次回の調査への宿題だな。

野生生物研究の3つのステップ

調査を終えた私たちは、持ち帰ったデータやサンプルを前にして次の段階に進む。

現地での調査はあくまでも調査であって、研究の一部でしかない。研究というミッションの最初のステージと言ってもいいだろう。

絵画に例えるなら、今はまだ絵の具をそろえ、モデルが椅子に座ったところだ。これからカンバスに下絵を描き、絵の具をのせていかなくては完成を見ない。研究者にとっては、得られたデータやサンプルを分析し、その意味するところを解釈していくことこそが本分である。

野生生物を対象とした研究には、大きく三つの段階がある。

第一に、自然の中に存在する「事象」を明らかにすること。
第二に、その事象が生じている「条件」を明らかにすること。
第三に、その事象が生じる「メカニズム」を明らかにすること。

たとえば、南硫黄島では海岸から山頂までの全域で海鳥が繁殖していた。しかし、場所によって繁殖する種類が異なっていた。

海岸ではカツオドリやアカオネッタイチョウ、オナガミズナギドリが繁殖していた。標高500mには彼らはおらず、代わりにシロハラミズナギドリがいた。そして山頂ではクロウミツバメが見つかった。

まず、これで第一段階が明らかになったと言える。