社内のポジションが上がるにつれ、リーダーとしての自覚が芽生えるものだ。ある時期から、折に触れリーダー論の書物に親しむようになった。そのなかで、ふと思いついて、ほぼ40年ぶりに手に取ってみたのが『鬼平犯科帳』だ。

あいおいニッセイ同和損保社長
鈴木久仁

1950年、神奈川県生まれ。栄光学園中・高を経て、早稲田大学商学部へ。73年に卒業し、大東京火災海上保険(現あいおいニッセイ同和損保)へ入社。98年総合企画部長、2000年執行役員。04年専務を経て、10年4月社長に就任。同年6月から日本損害保険協会会長。

1968年に雑誌連載が始まり、翌年から八代目・松本幸四郎主演によるテレビドラマがスタートした。大学生だった私は、ドラマにも影響されて単行本を手に取った。

この作品で際立つのは、「鬼の平蔵(鬼平)」こと長谷川平蔵が身をもって示すリーダーシップの素晴らしさだ。学生のときは十分に読み取ることができなかったものの、いまになるとそのことがよくわかる。社長就任を前にした2009年秋、文庫版全24巻をそろえて猛烈な勢いで読み進めた。

主人公・長谷川平蔵は江戸中期に実在した400石取りの旗本だ。天明七(1787)年から8年間ほど「火付盗賊改方」の長官職につく。火付盗賊改方とは、盗賊などの凶悪犯と放火犯を専門に取り締まる特別警察のようなもの。長官の平蔵は、江戸城清水門外の役宅に住まい、配下の与力、同心や盗賊あがりの密偵を使って、悪と対峙していく。

この時代、天下泰平が続いたために、官僚化が進んで規則だらけの世の中になっていた。戦をしない武士たちの社会とは、現代のサラリーマン社会そのものだ。似たような環境にあるなかで、われわれも鬼平や火付盗賊改方から学ぶことがあるのではないか。

たとえば平蔵のリーダーシップで顕著なのは、現場重視という点だ。将軍直参の旗本が自ら「市中微行」と称して日夜パトロールに出かけ、犯罪の現場へも恐れずに飛び込んでいく。剣の達人であるという裏づけはあるものの、平蔵は宮本武蔵のような超人ではなく、現に悪人に切られる場面もある。現場を重視し、率先垂範の勇気を示すことが平蔵の人望を高めている。本人が命がけなので、部下も仕事に命を捧げるのだ。