なぜ防災投資は過大になるか

この問題を理解するために、もう一つ別の切り口から眺めてみましょう。「人間は客観確率が非常に高いときは危険をそれに見合うだけ深刻なものと捉えず、相対的に過小評価しがちで、逆に、客観確率が非常に低いときは、実際より過大評価しがちだ」ということです。これを災害心理学では「認知的な歪み」と表現します。

ある期間において「98%の確率で発生する」というように非常に大きな確率で予想される災害に対しては、客観確率の98%よりも主観的に低めに認識する、という傾向が人間にはあります。

一方、小さな確率でしかも大きな被害をもたらす災害に対しては、たとえその発生確率が1%未満であったとしても、客観確率以上の危険をイメージしてしまいます。

東京女子大学名誉教授
広瀬弘忠氏

たとえば、ある地域では1000年に1回、大津波を伴うM9クラスの巨大地震が起きるとします。向こう数年間でその地震が起きる確率は、客観的に見れば非常に小さなものです。しかし、ゼロではない。こういうとき、人間の主観は、相対的に大きな危険を認識するのです。その結果、日本のような先進国では、防潮堤の整備といった災害対策に多額の投資が行われます。これは通常、過大な投資になりがちです。災害による被害額と比べて、事前の防災投資はアンバランスに大きいのです。

つまり、人間は近い将来の危険に対してより敏感であり、低い確率の大きな危険に対しては過大評価をしてしまうという習性があります。

ですから4年よりも短い期間、たとえば「1年以内に30%」という予測が出されたとしたら、確率自体は小さいにもかかわらず、われわれの受けるショックはより甚大です。政府や関係機関は、そのことを十分に踏まえたうえで予測の発表を行うべきでしょう。

※すべて雑誌掲載当時

東京女子大学名誉教授 広瀬弘忠(ひろせ・ひろただ)
1942年、東京都生まれ。東京大学文学部心理学科卒業。東京女子大学教授を経て、現在「安全・安心研究センター」を主宰。専門は災害心理学。『人はなぜ逃げおくれるのか』など著書多数。