※本稿は、蝶野正洋『「肩書がなくなった自分」をどう生きるか』(春陽堂書店)の一部を再編集したものです。
プロレスラーに必要な派閥がとにかく面倒くさかった
俺は人脈って気にしたことがないんだよね。派閥もつくらなかったし。
猪木さんが現役のバリバリの頃から、新日本プロレスには猪木派を筆頭に坂口征二派や藤波派、長州力派、それからUWF派閥なんてのもあったけど、俺に関してはどの派閥にもまともに関わっていなかった。
プロレスラーは、なぜ派閥をつくりたがるのか。
これは政治の世界とまったく一緒で、トップどころの人間や、ゆくゆくトップに就こうと考えている人間というのは、まず人を集めて「勢力」をつくるんだよね。
政治では、「解散風」とか「勢力の風向きが変わった」なんて言い方をするけど、その“風”は独りではどんなにうちわであおいだところで弱すぎる。徒党を組んでうわさを流したりしながら、自分たちが組織の第一党になるべく風向きを変えていくんだ。
プロレスの世界でいえば、派閥という数の力で会社との駆け引きを有利にもっていったり、場合によってはそのまま独立したり。プロレスラーとして天才的なセンスと技量を誇る、あの武藤さんだって“武藤派”をつくったからね。橋本選手にしてもそう。
でも俺は、派閥らしい派閥はつくらなかった。理由は、とにかく面倒くさいから。
プロレスって、最終的にはリングの上で俺自身がどうあるべきかという、そこの勝負でしかないから、リングでの職人の部分と、団体をつくるとか興行をプロモートするという意識は別物だ。
もちろん、俺にしても後者の役割をやってみたいという思いがないわけではなかったけど、どうせやるなら新日本プロレスを超えるコンテンツにしたい。でも、当時の新日本プロレス以上のステージをつくるのは、とんでもなく大変だろうなということは、よくわかっていたからね。
希望はあるけど険しい道を避けたという意味で、俺はラクをしていたのかもしれないね。