40代になって「自分探し」
30代では結婚や子育てというトピックが新たに登場しましたが、40代論全般において登場するようになるのは「老いと死」というテーマです。
「新しいことに取り組んでいないと老化が早い。老化が早いということは、仕事面でもどんどんレベルダウンしていくことである」(川北40、139p)
「40代というのは、30代には見えなかった人生の終わりが、遠くにちらっと見えてくる時期です」(本田40、54p)
「人生で最後に抱きしめたい思い出というのは、家族や、ごく身近な親友とのあいだのものではないでしょうか。彼らとの楽しい思い出をつくるのも、40代でしておきたい大切なことです」(本田40、122p)
こうした「老いと死」を特に重要視しているのが本田健さんと井上裕之さんの著作です。特に本田さんは、今の引用にもあるように、人生の「仕舞い支度」とも呼べるような行動に早くも言及し始めています。このように「老いと死」を遠くに見ようとするとき、本田さんらの著作は、大塚さんらの著作とはまた異なったかたちで気持ちの切り替えを求めることになります。
「じつは、この40代をどう生きるかによって、理想とする50代、60代、さらには老後が決まるのです。つまり、40代はアナタらしい生き方を手に入れる最後のチャンスなのです」(井上40、4p)
「人生はこれからです。これからを、いまのままの生き方で過ごすのか、それとも、生き方を変えていくのか。あなた次第で、これからの10年、20年が変わっていきます」(本田40、38p)
彼らにとって、40代は人生の締めくくりに向けて、あるいは「後半の人生のフレッシュ・スタート」(本田40、5p)に向けて、気持ちを切り替える時期だというのです。以前、30代が「自分探し」のラストチャンスとされていることを紹介しました。しかし、本田さんと井上さんの40代論では、再び何事もなかったかのように「自分探し」が奨励されています。それは今述べてきたような、20代や30代とは異なる、人生の後半戦の「自分探し」をこれから行おうという仕切り直しがなされたためです。そして以下のように、あなたの本当の夢を、本当にやりたいことを取り戻そうと促されることになります。
「40代を失われた10年にするのか、いままでの人生の中で最高の10年にするのか、あなた次第です。夢をあきらめてしまったら、あなたにいったい何が残るのでしょうか」(本田40、169p)
「40代という人生の節目を過ごしていくにあたり、私たちは、小さくて低い限界を自分に課すことに決別しなくてはなりません。投資に見合うリターンといわなくてはならないような情けない夢や目標ではなく、私たちは本当に欲しいもの、本当につかまえたいものがあるはずです」(井上40、13p)
しかしもう一度川北さんの著作に目を転じると、「40代は、競馬でいえば、第3コーナーを回ったあたりだろう。だが、そろそろムチが入る頃合。この時期に大切なのは、決して脱落しないことだ。脱落さえしなければ、まだ先にいろいろな可能性が残っている」(川北40、123p)と、20代から続く出世競争はまだ終わりを迎えていません。大塚さんも、自分のやりたいことができるという意味においてですが、出世志向を強く有していました。本田さんらのように、人生後半の再スタートだ、老後に向けて今が重要だと述べる40代論と、なんと大きく隔たった地点にいるのでしょうか。
20代論においては、これはまだ考え方の違いで済むところがありました。30代論において、各著作間での裂け目が顔を見せ始めていたのですが、40代になるともはや各著作――およびそれらを手にする読者が立っている人生の地点、その先に見ようとしているもの――の間の隔たりは、とても行き来できないほどに大きくなっているのです。