消費者調査では高評価でも店頭では売れない
費用は多岐にわたるため、製品にかかったコストの具体的な金額を正確に算出するのは難しいが、会社として発売から半年で終売を検討し始め、さらにその半年後には販売終了を決定している。開発に2年をかけてCMも打ちながら、わずか1年で「これ以上売り続けてもコストを回収できない」と判断したということだ。相当な痛手だっただろうことは想像に難くない。
黒川さんは、失敗に終わった理由を「社内戦略と、中アル製品をつくりたいという自分の思いが先行しすぎた」と語る。消費者調査で評価が高いものが、店頭で売れるとは限らない。開発前にもっと消費者の声に耳を傾けて、そのニーズを先行させるべきだった──。この反省は、次の商品づくりに生かされることになる。
2019年、黒川さんは瞬感シリーズの開発時から並行して担当してきた「こだわり酒場」ブランドを任されることになった。会社は、同年に発売された「こだわり酒場のレモンサワー」の好調を受け、このブランドを大きく育てようと本腰を入れ始めたところだった。
「おかげで、切り替えて頑張ろうという気持ちになれました。瞬感シリーズから逃げたいと思っていたわけではないですが、また新しい大きな仕事ができるぞと」
気になるネーミングと気になる味がウケた
異動先では新たな缶チューハイの開発に取り組み、2023年3月、「こだわり酒場のタコハイ」を発売。前回の反省を生かし、今度はまず消費者ニーズをつかむところから始めた。意識調査に加えて実際の酒場も回り、今何が飲まれているのか、どんな味わいが人気なのかを徹底的に調べた。
その結果が出たところで、ニーズに沿うにはブランドの意思や強みをどう生かしていったらいいかを検討。味わいに関する基礎研究も行い、ニーズに合致するポイントを探し求めた。
ここから導き出されたのが、独自開発の焙煎麦焼酎の風味を生かしたプレーンサワーだ。方向性が固まった瞬間、消費者ニーズと開発側のコンセプトや意図、基礎研究の結果などすべてが「バチッとハマったと感じた」と振り返る。
ところが、この「プレーンサワー」のおいしさを説明しようとすればするほど、伝わりにくく、ともすればまずそうに聞こえてしまうことが難点だった。そこであえて説明を控えることで、消費者が「どんな味なのか」気になって買いたくなるようなコミュニケーション作戦に出た。実際、味への疑問がタコハイのトライアルに繋がっている。
こだわり酒場のタコハイ(缶)は、当初の年間販売計画250万ケースを発売後3カ月半で達成し、すぐ500万ケースに上方修正された。計画の2倍の数字をたたき出したことで、翌年の生き残りはほぼ確実に。好調の波がさらに続けば、その先には定番ヒット商品の座が見えてくる。
「授業料は払ったからな」
「上司からはよく『授業料は払ったからな』といわれます。前回で勉強させたんだからこれからが本番だぞと。期待に応えられるよう、タコハイをもっと成長させて、この先もずっと定番商品としてお客様に届けていけるようにしたいですね」
RTDはトライアル&エラーが当たり前の世界。だからといって失敗しても平気でいられる人はおらず、開発に関わった全員が同じように痛手を受けるという。しかし、商品の入れ替わりが激しい市場では一度ダメでも次がある。黒川さんの挑戦もまた続いていく。