足がつくのに上がれない「底なし沼」
画像5は、なぜ谷池で溺れるのかを説明した図です。釣った魚を入れるために、ため池でバケツに水を汲もうと水際に近づくと、吸い込まれるようにため池に落ちます。
実は落ちたとしても、顔がちょうど出る程度のところで立つと、安定して立つことができます。そのままゆっくりと歩いて斜面を上がると、腰までの深さのところまでは上がれます。
ところがそれ以上そこから上がろうとすると、足が滑って前のめりに転倒します。そのまま後ずさりすれば全身が沈んでしまい、溺れます。あるいは陸にもう1人がいて、落ちた人の手をつかんで引き揚げようとすると、池の中の人が転倒したはずみでその人も引かれて、ため池の中に滑落します。こうなると2人目の犠牲者がでることになりかねません。
フェンスがないのに事故が少ない理由
香川県のため池数は、全国で3番目にランクインします。瀬戸内特有の気候のため、瀬戸内海の対岸である兵庫県と同じように、ため池を作って農業用水を確保しています。「讃岐の水は一滴たりとも瀬戸内海に流さない」と言われるほど、河川の上流から下流にわたって大小さまざまなため池がひしめき合っています。香川県の地図をインターネットで見ると、ため池の数に圧倒されるほどです。
それほどの数がひしめき合っているにもかかわらず、多くのため池では池を囲うようなフェンスが設置されていません。それにもかかわらず、香川県ではため池の数ほどは水難事故が発生していません。地元の人になぜかを聞いてみると「そもそもため池には近づかない」という言葉が返ってきました。
ため池のそばにはため池の管理者のお宅があり、子どもがため池の付近で遊んでいるとそのお宅から「カミナリが落ちる」そうです。そういう安全文化が昔からあるからこそ事故を防いできた地域なのですが、2021年の事故で亡くなった方は、事故の直前に近所に引っ越してきた方だったそうです。
多数のため池が全国に作られたため、農家は血を流さずに豊作を迎えられるようになりました。でもそのため池で人が溺れるようでは、「三方よし」の農業とは言い難いかと思います。
「妖怪」で危険性を子どもに伝えた
ため池を代表とする農業水利施設での水難事故は、今に始まった話ではありません。昔の話を探るのであれば、国際日本文化研究センターの怪異・妖怪伝承データベースを使うといいでしょう。妖怪が蠢く面白いデータベースで、ここで「底なし沼」と検索すると、次のような昔話に出合うことができます。
昔、北方の大田河囲に姉取り沼という沼があった。底なし沼といわれ、得体の知れない主が棲んでいたという。そのほとりに住む美しい姉妹が、ある時沼に洗濯に行って,姉の方が沼の主に攫われ,亡骸さえ上がらなかった。それから「あね取り沼」というようになった。ここの上手の山沢を「化け物沢」といい,昔から怪異の事があったという。