なぜ「蹴っていきました」はダメなのか

「行った」「来た」花盛りの中継を聞いて育ったから、なりたての新人アナウンサーも「実況とは、そうしゃべるもんだ」と考えているのだろう。以前もそうだったようだ。

「私も新人時代(1983年)、ラグビーの実況練習で『蹴っていきました』とやって、先輩アナウンサーに『蹴って、お前、どこ行くんだ?』と皮肉まじりに問われ、厳しく戒められた。以来私は『行った』は禁句で、後進にもそう指導していますが、新人研修では『なぜダメなのですか?』と聞いてくるやつもいます。それに対し私がいつも言うのが……」

君は、そのイってる間に、次にしゃべる言葉を探してるよね。語尾で時間稼ぎをする習慣がアナウンサーになる前から身に付いちゃってる。せっかくプロフェッショナルのアナウンサーになったんだから、努力をして、そこを言い切る勇気を持つべきなんだ。

――ということだという。こう返された新人はまさに図星で、反論できないそうだ。

たった3文字の間にアナウンサーが考えること

しかし「打ちました」と「打っていきました」は文字にしてわずか3字の差。「たー」とのばしてしゃべったとしても、そんなコンマ何秒かの間に、話すプロであるアナウンサーとはいえ次に言う台詞を考えて頭を回転させることができるのだろうか?

できる……らしい。その3字多いだけのルーティンの間は、しゃべることに意識を集中しなくて済む。そこで、台本など初めからない実況アナウンサーは、頭のなかに次の言葉を浮かび上がらせることが可能なのだという。

また、言葉が浮かばぬまでも、そこで生じた少しの“間”が心の余裕となるらしい。だから無意識でもつい流行の進行形が口をついて出る。

テレビのチャンネルを高校野球に合わせている手元
写真=iStock.com/Yuzuru Gima
※写真はイメージです

「ただし私は、それを最初にやった人はすごいと思う」

として、四家アナウンサーは、もはや伝説となったアナウンサーの名を挙げる。

「たぶん最初にそれをやった人は、植草貞夫さんです」

元ABC(朝日放送)の名アナウンサー。1999年に引退するまで、44年間スポーツ実況をやり続けた人。夏の甲子園の決勝を1960年から88年まで(ミュンヘンオリンピック派遣の72年を除き)28年担当。話した甲子園大会の試合数は500を超えるという。

一般的に甲子園中継といえばNHKだが、関西では春の選抜はMBS(毎日放送)、夏はABCが、NHKと並行して中継していた。テレビ朝日系列で夜にダイジェスト番組「熱闘甲子園」が観られるのはそのためだが、YouTubeで確認してみたここ40年ばかりの過去の試合がNHKのものかABCのものか、私では判断がつかない。