淋しさを感じたとき、どうすれば払拭できるか。浜松医科大学名誉教授の高田明和さんは「孤独とは『暑い』『寒い』と同じような感覚である。フィンランドでは、一年を通して人に会うのはクリスマスや誕生日などの特別なイベントのときだけという人も多くいる。それでも孤独な環境にいることを淋しく感じないのは、人に会わないことが当然であり、自然とともに生きることに幸せを感じられるという前提があるからだ」という――。

※本稿は、高田明和『65歳からの孤独を楽しむ練習 いつもハツラツな人』(三笠書房)の一部を再編集したものです。

夜の冬の森の雪景色。ラップランド、フィンランド。
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フィンランド、ノルウェー…人々が孤独感を知らない国

人が孤独感を抱くのは、決して「孤独になったから」とか、「一人になったから」という外的要因からだけではありません。それを生じさせる要因がほかにもあるのです。

ということは、その要因に対して、あらかじめ対策をしておけば、孤独感なんて覚えなくてすむ人生を送れるということです。

とはいっても、今までほぼ毎日出勤して、誰かと顔を合わせるのが当たり前だった人が、退職を機に、一日中、誰とも会話をしない生活になったなら、やはり一時的な喪失感は生じるでしょう。また、いつも一緒にいた伴侶を突然に失ったりすれば、大きな喪失感を抱くでしょう。

しかしお伝えしたいのは、どんなに淋しい気持ちも、必ずコントロールできるということです。

その証拠に、世界には、たった一人で生きている人が多いにもかかわらず、あまり「孤独」というものが問題にならない社会(国)が存在します。日本人には考えられないかもしれませんね。

たとえば、北欧のフィンランドやノルウェーに住んでいる人々です。もちろん地域にもよるでしょうが、私が、アメリカの大学で研究をしていたときのフィンランド人の女性助手が言うには、母国のフィンランドは一年のうちのほとんどが一面雪だらけで、家がぽつんぽつんとしかないのが普通だとか。

そしてそんな環境のせいで、一年を通して人に会うのは、クリスマスや誕生日などの特別なイベントのときだけ、という人も多くいるそうです。

それで「淋しくないの?」と聞けば、「自分は孤独という感覚がわからない」と言います。生まれたときからずっと「人に会わないことが当然であり、自然とともに生きることが幸せなこと」だから、孤独な環境にいることを淋しく感じないそうです。

これと同列には語れませんが、昨今の日本の高齢の受刑者には、刑務所の独房に戻りたくて、出所後に犯罪を繰り返す人も多いと聞きます。

現実社会のわずらわしい集団の中で生きるよりは、食べ物があって寝るところがあるなら、誰もいない独房のほうがよっぽどいいというわけです。ここでも、孤独な環境それ自体が、彼らにとっては幸福であり、安心感を生んでいるのです。