縁のない金融業界「社員をまとめて」と口説かれた
研究内容は、動作解析、データ分析をする科学の部分とプレーの動きをどう結びつけるか、というもの。抽出した数字データを現場の選手が理解し、プレーに反映できるように還元していく。
「データを扱えるアナリストは増えていますが、野球経験者でなければ教えられないこともあります。科学と技術(プレー)のどっちも持ち合わせてつなげられる自分なら、役立てるシーンも多いのではないかと思いました」
例えば、ピッチャーというポジションは数字で評価されやすい。投げるボールのスピードや回転数などの数字が「価値」になる。
「そういう意味では数字を高めることが“価値”を高めることにつながりやすい。一方、野手はゴロをさばくにしてもバッティングにしてもシチュエーション(飛んでくるゴロの勢い種類、打つ球の速度や変化の仕方など)が全て受け身、再現性がないに等しい。そこは科学だけでは対処できない。打撃でいうならば投手の球にどう対応するかが打者の本質。良いスイングをすれば必ず打てるというものではない。僕は〝考え方〟や〝状況判断〟など科学しづらい部分と数字を融合できる感覚派のコーチとして求められたのだと思います」
サラリーマン(JR)の傍ら大学に通った。駅の業務は泊まり勤務のシフト制で、朝の9時半に終業してから授業に出ることができた。またコロナ禍のオンライン授業で、レポート提出の講義が増えたことにも助けられた。
コーチになるためには他の分野に精通する必要がある。栄養学、心理学など野球以外の教授ともつながりを持てた。仕事と大学院通学も軌道にのり、プライベートも充実し、結婚して子供も生まれた。
当然、生活の基盤をさらに強化しないといけない。このまま決裁権が持てるまでサラリーマンを務めるのか。チャンスは待っていても来ないのではないか。この頃、親しい先輩が早世していて、やりたいことはすぐにでも始めたほうがいいのではないか、という気持ちもあった。
悶々としていたタイミングで、投資会社を立ち上げていた早大野球部の同期である渡辺克真さん(野村證券出身)から連絡があった。2022年秋のことだ。社員をまとめる人材を探していて、主将経験者の東條は適任だと口説かれたという。
選手の現場を退いた3年前、いくつかの企業から声をかけてもらったが、そのときは決めかねた。だが育児休暇の最中、修士の勉強と大学コーチのタイミングで誘われ、JRから転職を決断した。