対談テーマ3

科学的に捉えて根性論を一蹴しよう

【福田】育児と仕事の両立のために意識していることってある?

【高橋】「チーム育児」かな。夫だけでなく、双方の家族、ベビーシッターさんも含めて、子育てをするチームを整えることを意識してる。そもそも人間の赤ちゃんって、夫婦二人だけで育てる仕組みにはなっていない。実際、赤ちゃんが生まれたときに私も本当にびっくりしたんだよね。赤ちゃんって、なんという脆弱ぜいじゃく性を持っているんだって。

【福田】赤ちゃんに対して「脆弱性」っていうワードが出てくるの、斬新!

【高橋】だって、哺乳類の赤ちゃんなのに自力で食料にもアクセスできず、危機回避能力もないって、すごく珍しいんだよ。よく人類の数が増えたな、って思う。ただ、そう考えてみると、進化の過程で残ってきたのは、生存戦略として有利だったか、あるいはその性質を許容できたか、どちらかなんだよね。人間は集団で子育てすることで、赤ちゃんの脆弱性を許容できるようにしてきた。そのおかげで生まれてから成人するまで約20年という時間をかけて、脳を発達させるという戦略をとれたわけ。

【福田】人間はもともとは集団で育児をする生き物なんだね。

【高橋】その通り。ところが、現代では子育てのメンバーが減っていて、都心だと9割くらいが核家族。生物学的なヒトの子育て環境と現代社会の子育て環境とに大きなギャップがあるんだと思う。

【福田】確かに! 子ども1人に対して大人1人では絶対的に人手が足りない。大人2人でも大変。わが家でも、子どもを私たち夫婦二人だけのものにせず、シッターさんとか祖父母とか、たくさんの人に関わってもらうように意識しているよ。

【高橋】うん。「育児は母親の仕事」とか、「ワンオペでも頑張れるのが母」とか、そういう考えは一切持たないほうがいい。とにかく他人に頼って、子育てはみんなでやる。全部自分で背負いこまないって大事だと思う。

家族
写真=iStock.com/Yagi-Studio
※写真はイメージです

【福田】でも母親に自己犠牲を求める社会の雰囲気って、根強いよね。母乳神話だったり、手作り離乳食が礼賛されたり。母たるもの、手間や疲労や睡眠不足をいとわず、身を粉にして頑張るべきだ、という圧力……。でもそれって全然サステナブル(持続可能)じゃないよね。

【高橋】めっちゃ同感……! よくわからない根性論みたいなものがはびこっていて、それに苦しめられている人って多いと思う。私も1人目のとき、母乳があまり出なくて母乳外来に行ったら「お母さん、もっと頑張ってください」って。そう言われたら、自分の努力不足なのかと思ってしまう。でも、調べたら、母乳の出方は個人差が大きいし、出ない人も一定割合いるんだよね。努力の問題ではない。それを知ってからは、私は完全ミルク育児です。母からは「母乳じゃなくていいの?」って言われるけれど。

【福田】それね! 私も2人目からは完全ミルクなんだけど、実母からは「不良母」とか冗談を言われる。全部スルーだけど(笑)。

【高橋】うちの母も、「イヤイヤ期なんていうけれど、甘やかしすぎが原因じゃないの? 子どもがわがままを言うのは、育て方のせい」と言ってくる。こういった言葉をストレートに受け止めてしまうとつらい。逃げ場がなくなるよね。ちゃんと科学的に捉えるということは必要だと思う。

【福田】でも、子育ての先輩から言われると、「そうなんだ……!」って思ってしまうことも多いかもね。

【高橋】だから、外の世界と接点を持つことが大切だよね。いろんな人と接することで、さまざまな意見があって、祖父母の意見が正しいとは限らない、ということがわかると思う。とくに産後すぐって、なかなか外出もできないし、世界が閉じてしまいやすい。今は、自治体による産後ケア事業も増えているから、いろんなサービスを積極的に活用して、いろんな人の意見を聞くのがいいと思う。

【福田】親がご機嫌でいること、自分らしく生きることが、子どもにもいい影響を与えると私は思ってるよ。だからあまり我慢もしないようにしているし、優先順位をつけて手放すことも意識しているかな。私の場合、家事は真っ先に手放した。夕食はミールキットとか宅食サービスをフル活用だし、アウトソーシングできるところはどんどんしている。

【高橋】育児ってやろうと思えば、無限にやることはある。何をやらないかを決めるほうが圧倒的に大事だよね。

【福田】そう、手放さないと新しいものが入る余地もないわけで、自分で何もかもをやることに固執すると、新しい機会や大切なものを見失ってしまうこともあると思う。気づかないうちに子どもに依存してしまうこともこわい。「私はすべてを子どもに捧げているんだから!」と。母乳育児にしろ、手作り離乳食にしろ、それが自分がやりたいことならすばらしいけれど、「やりたくないけれど、やらないといけない」っていう義務感でやっているのであれば、手放す勇気を持っていいと思う。(以下、後編へ続く)

(プロフィール)

福田恵里さん SHE代表取締役CEO/CCO
1990年生まれ。大阪大学在学中、サンフランシスコと韓国に留学。帰国後、女性限定のウェブデザインスクール「Design Girls」を立ち上げる。2015年にリクルートホールディングスに新卒入社し、ゼクシィやリクナビのアプリのUXデザインを担当。17年にSHEを設立し、ミレニアル世代の女性向けのキャリアスクール「SHElikes」などを運営。20年に長男を出産。産休・育休と同時に代表取締役CEOに就任。22年9月に次男を出産。


高橋祥子さん ジーンクエスト取締役ファウンダー
1988年生まれ。2010年京都大学農学部卒業。13年東京大学大学院農学生命科学研究科博士課程在籍中に遺伝子解析サービスを提供するジーンクエストを起業。15年3月に博士課程を修了、18年に親会社のユーグレナ執行役員に就任。著書に『ビジネスと人生の「見え方」が一変する 生命科学的思考』がある。20年に第1子を、23年2月に第2子を出産。

(構成=浦上藍子 撮影=干川修)
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