「不倫」は、昭和末期のことば

とはいえ、「不倫」ということば自体は、そんなに古いものではない。

その歴史については、江戸期についての斬新かつ懇切な多くの研究書で知られる氏家幹人氏の『不義密通』〔講談社選書メチエ(1996年)、→洋泉社MC新書(2007年)〕で明らかにしている。

氏家氏によれば、不倫=人妻の姦通(夫以外の男性と性関係を持つこと)、つまり、今の意味で使われるようになったのは、40年ほど前、1980年代前半である。

日本語辞典『広辞苑』には、1955年の第一版以来、不倫は「人倫にはずれること。人道にそむくこと」としか記されていなかった。

1983年11月に出た『広辞苑』第三版にはじめて「不倫の愛」という用例が加わる。

理由は定かではないものの、氏家氏の指摘するように、この同じ年にテレビドラマ「金曜日の妻たちへ」(略称は「金妻きんつま」)(TBS、脚本・鎌田敏夫)が始まる。

氏家氏の本を受け継ぐかたちで、文芸評論家として日本の恋愛史に通じる小谷野敦氏が調べたように、このころ、つまり、1983年ごろから週刊誌の見出しにも「不倫」が増えていく(小谷野敦『性と愛の日本語講座』ちくま新書、2003年)。

『日本国語大辞典』にも引かれているように、1903年には国木田独歩、その少し後(1909年完結)には田山花袋という2人の明治の文豪が「不倫」を、既婚者による配偶者以外とのセックスとして使っている。

まったく新しいわけではないものの、今と同じ使われ方は、そう古いわけではない。重要なのは、「不倫」が、それ以前の表現と比べてネガティブな印象をまとっているところにある。

40年間で「不倫=悪」が定着した

昭和のあいだ、しばしば使われていたのは「浮気」や「よろめき」だった。

「金妻」よりも6年前、1977年に同じくTBSで放送された「岸辺のアルバム」の第1話には「人妻の70%は浮気をしているといいます」という謎の電話がかかってくる。

あるいは、三島由紀夫には『美徳のよろめき』(1957年)と題した小説はベストセラーとなり、「よろめき」は流行語になった。

「浮気」は文字通り、「浮ついた気持ちであって、本気ではない」、とか、「よろめき」は、「ふらついてしまっただけ」、といったかたちで、どちらも、一時の気の迷いであるとの言い訳につなげられる。

これに対して「不倫」は、より批判のニュアンスが強い。

不倫は、「人倫」=「人の道」に反しているし、「破倫」や「乱倫」にも通じる、非道徳で、人の気持ちを踏みにじっている。

このことばが定着してからの40年間は、婚姻関係以外の関係について、マイナス面ばかりが強調されてきた。その果てに、昨今の不倫バッシングがある。