今後必要になるマルチパーソナリティへの対応

これまで大きな地域で区切っていたテレビや新聞などのマスメディア(関東、関西という単位)のアプローチから、もっと地域を区切った世帯単位のエリアマーケティング(折り込みチラシなど)、そして紙のDMからeメール、Webを中心としたパーソナルマーケティングとどんどん個人に向けたアプローチに変化してきた中で、パーソナル化の弊害もでてきている。特に前述したアマゾンは問題も多い。自分が家族の代わりに商品を選んだとすると、その次の日からのお薦めはその家族向けの商品になってしまう。たまたま仕事でアフリカ関係の書籍を調べたら、アフリカのお薦めが出てくる。ちょっとエッチな写真集でも見てしまったあとで、会議のプレゼンでそのPCをプロジェクターに接続してアマゾンを開いた時には目も当てられない事態が待ち受けていることになる。つまり個人の行動データをすべて取得していることで、プライバシーの問題や自分と異なる人格で商品を選択してしまった時などのそのデータがとても使いづらいものになってしまうリスクがある。Facebookも実名のSNSであるが故に、そのタイムライン上での投稿が仕事仲間、家族、同級生まで様々な人から見られることで、トラブルなども発生しやすい。

そこで求められる考え方がマルチパーソナリティだ。つまりパーソナル化された個人をさらに複数の人格に分解してとらえる考え方だ。例えば会社組織の一員としての自分、家族の一員としての自分、趣味のサークルの一員としての自分、密かな趣味人としての自分こうした4つの自分はそれぞれ異なる価値観やプライバシーレベルを持っており、共有したい情報の範囲やレベルも違う。広告したい企業側からしても会社組織の一員としてのその人に売り込みたい商品があったとして、その人のプライベートな行動には興味は無いし、むしろ必要無いことがほとんどである。秘密の趣味の場合、それは商品を提供している会社と自分だけの極度に秘密の事項で済ませたいことも多いだろう。

こうした対応法として携帯電話を番号ごと会社と個人用にわけている人がいるが自分の中でコミュニケーションを使い分けられる人はWebの世界でも異なるIDを複数使い分けている。アマゾンのIDも複数持って別々のIDとして管理している人もいるだろう。そしてこれらマルチパーソナリティを考える時は実名ではないことが望ましいケースがほとんどであり、Twitterなどでは偽名で別々のアカウントが作れるのに実名一本のFacebookの考え方が受け入れられないと考える人も多い。

→匿名性と実名性:「ネット上の人格」を考える
http://wired.jp/2011/10/25/匿名性と実名性:「ネット上の人格」を考える/

現在このマルチパーソナリティな考え方を実現しているサービスで一番近いのはGoogle+のサークル機能だろう。自分の人格毎にサークルを構築することができる。

→Google+がFacebookよりも優れているサークル機能
http://d.hatena.ne.jp/a_kimura/20110630/1309386226

しかしそのグーグルも個人の情報を丸ごと把握する規約の変更などで反発をもたれている。現在多くのプラットフォームが個人の行動データを全て丸ごと把握することでビジネスチャンスを拡大することを目指しており、個人のマルチパーソナリティへのニーズと、プラットフォーム側のマネタイズのニーズのバランスは悪い状態だ。こうした状況の中で行動情報の活用を進めるための解決策として筆者は複数の人格を管理し、複数のIDを管理してくれるサービス事業者が必要だと考えている。

 

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個人情報の管理とIDの振り出しをしてくれるサービスがあれば、ほとんどの企業がそのIDだけでビジネスが可能になる。余計な個人情報を持つ必要はなく、そのIDの行動情報だけを把握していればよい。その人の性別も住所も年齢も知る必要はない。20歳以上でなければダメな商品も年齢認証はそのサービスが行ってくれれば便利だろう。アダルトサービスなども利用しやすくなり、未成年対策も行いつつ、リコメンデーションもやりやすくなる。そのサービス事業者が信託銀行として行動情報を活用運用するモデルもありだろう。情報銀行という考え方を提供している東大の学者もいる。

こうした「個人情報信託&認証サービス」事業者にはやはり一定の規制が必要になると思うが、そうしたサービスを利用すれば行動データを活用したベンチャーもどんどん始めやすくなることは間違いない。さらにこれから情報リテラシーが低い人達の増加への対応のためにもますます必要性は高い。私もすでに自分が会員登録したサービスの数や約款やその行動データがどのように活用されているかなど全体を把握することは不可能だ。今後SNSや通信事業者、カード会社、ポイント会社などに参入のチャンスがあると思うが、是非とも産業活性化のためにもこのようなアーキテクチャの制度設計を行うタイミングだといえるだろう。