ダグアウト横に観客席を作る異例のコンペ
2020年の設計施工コンペからプロジェクトに取り組んでいる武田康佑さんも、個人的な想い入れがあったという。
「これまで担当してきた案件のなかでも最大級のプロジェクトです。僕は札幌出身なので、構想を聞いた時から、自分がやりたいな、これをやるのはたぶん自分だなって勝手に決めていたんです(笑)。そうしたら、たまたま偶然の巡り合せで、おまえ行けよって背中を押してもらえた。だから、このプロジェクトには、ものすごく想い入れが強いんです」
コンペになった施設は、1塁側と3塁側のダグアウト横の観客席であるダグアウトクラブラウンジ、スタンドのなかほどにある特別室のバルコニースイートなどだった。
「どれも強いこだわりを持った空間で、コンセプト性があって、いろいろな多様性を象徴できるエリアです。それらをまとめてコンペにしました」(小川さん)
コンペの結果、乃村工藝社は1塁側のダグアウトクラブラウンジを獲得した。ホームチームであるファイターズのダクアウト横の席で、シートからの視界は監督や選手たちとほぼ同じ。野球ファン、特にファイターズファンにとって憧れの観客席だ。それだけに、最もファイターズらしさが求められるエリアでもある。
模造紙を広げて、写真を1枚1枚並べていき…
どんな施設にすればいいのか、まずはファイターズらしさとは具体的にどんなデザインなのかを、ファイターズのスタッフと乃村工藝社チームとで、ブレストすることから始まった。ファイターズの酒井さんは、感覚の共有作業が面白かったという。
「模造紙をばあっと机に広げて、どういうトーン&マナーなのかを、写真を1枚ずつ机に並べて、ファイターズと乃村工藝社さんとで、ああだこうだ、やはりこっちだねとか、こっちじゃないねみたいな感覚のすり合わせをやりました。
並べた写真は、内装のさまざまなマテリアルの写真で、例えば照明器具や家具類の写真もあれば、海外のカフェやホテルの写真もある。いろいろな写真を見ながら、方向性を絞っていくんです。ファイターズのなかでも多少のブレはあったので、こっちに行きたいねみたいなことが可視化されて、われわれの整理にもなりました」
このブレストは、乃村工藝社チームにとっても大きかったと田村さんはいう。
「もっとフォーマルにとか、もっとラグジュアリー寄りだよねというのは、打ち合わせの会話にはしょっちゅう出てきます。でも、ラグジュアリーといっても山ほどテイストがある。みなさんが今この場で考えるラグジュアリーというのは、どういう方向性なんですかと。いきなり正解は分からないので、いろいろなラグジュアリーの写真から違うものを落としていく。ちょっと戻したりしながら、最初に時間をかけて集約していきました」