最も知恵を絞ったのは「ファンへの特別感」
「そこが見えてから、初めて施設のインテリアをどうするか考えていく。アイデアをプラスして、どんな演出をしていくかなんです。例えば、ベンチシートの張り地は野球のグローブの質感にして、縫い目もグローブっぽくするとかね」
ダグアウトクラブラウンジで、乃村工藝社チームが最も知恵を絞ったのは、コアなファイターズファンに向けた特別感をどう演出するかだった。単に手厚いおもてなしというだけでは、ファイターズファンの琴線には触れない。ファイターズのスタッフとも議論を重ねた結果、乃村工藝社チームはひとつのコンセプトをつくり上げる。そして、ファイターズの酒井さんは、このコンセプトが秀逸だったという。
「“バックステージラウンジ”というコンセプトなのですが、場所が少し奥まっているので、フィールドが選手の晴れの舞台だとすると、あそこは舞台の袖から見ているような感覚にさせる。選手の裏側とか息吹が感じられるというコンセプトなんですね。
仕掛けも、すごくよくできていて、階段を下りていくと、ちょうどフィールドと同じレベルになる瞬間があるんですけど、そこにフィールドの土と同じ色のカーペットが敷かれている。まるでフィールドに降り立つような感覚にさせるんです。さらに内装の至るところで選手の息吹や鼓動が感じられる仕掛けがなされています。コンセプトから詳細設計まで、ダグアウトクラブラウンジは秀逸だったなと思います」
ラグジュアリーさよりも「優越感」がいい
発想のヒントは、劇場の舞台裏だったと乃村工藝社の田村さんはいう。
「例えば劇場で舞台裏に入れる特別感。ライブだったら、演者の友人だけがパスで楽屋を訪れられる。ラグジュアリーな空間にするのではなくて、そういった優越感がある特別な体験をコンセプトにしました。お客さまの気分としては選手と同じ動線でフィールドに降りていく、そんなイメージを演出しました」
もともとこの部屋は、試合後に監督・選手たちが立ち寄るインタビュールームの隣りに位置し、ガラス越しにインタビューの様子が見られる。ダイニング機能があり、食事も提供される。ファイターズファンにとっては、“しあわせな空間”そのものだ。
ダグアウトクラブラウンジのプロジェクトを進める一方で、乃村工藝社には、ファイターズから思いもよらぬオファーが寄せられていた。コンペで他社に決まっていたはずの3塁側のダグアウトクラブラウンジ、特別観客席のバルコニースイートが、さまざまな事情から担当が白紙に戻り、案件が乃村工藝社に回ってきたのだ。