田中は特殊な環境で強くなった選手

日本の陸上界は中学、高校、大学と各ステージに大きな大会があり、そこで活躍した選手が社会人(実業団)でも競技を続けるという流れが一般的だ。そのなかで田中は“特殊な環境”で強くなった。

中学時代から全国大会で活躍すると、高校卒業後は同志社大に進学。大学の陸上部ではなく、クラブチームに所属して、実業団経験のある父・田中健智さんから指導を受けるようになったのだ。

そして田中は急成長していく。大学1年時(18年)にU20世界選手権3000mで金メダルを獲得すると、2年時にはドーハ世界陸上5000mに出場。3年時は1500mで日本選手権のタイトルを初めて獲得した。

圧巻だったのが大学4年で迎えた2021年シーズンだ。東京五輪の1500mで快走を連発しただけでなく、800m(2分02秒36)、1500m(3分59秒19)、3000m(8分40秒84)、5000m(14分59秒93)で自己ベストを更新。1500mと3000mは日本記録を塗り替えた。

最も得意な1500mでいえば、ハイレベルだった高校時代のベスト(4分15秒43=高校歴代4位)を大学4年間で16秒も短縮したことになる。

スマートウォッチでタイムを計るランナー
写真=iStock.com/urbazon
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しかし、2022年のシーズンは苦しい1年になった。大学を卒業して、豊田自動織機に所属。日々のトレーニングは、父・健智さんとマン・ツー・マンで行うかたちは変わらなかったが、田中のなかでモチベーションを保つのが難しくなってきたという。

「決定的なことがあったわけではないんですけど、フラストレーションが積み重なってきたんです」

2021年までは勢いのまま突っ走ってきた印象が強かった田中だが、追われる立場になり、レース後の取材でも葛藤を抱えているのが伝わってきた。本人のなかで、ココロとカラダをうまく合わせられないような状況になっていたのかもしれない。

そんな中、2022年7月のオレゴン世界選手権では日本人初の個人3種目に挑戦した。結果は800mが予選6組7着(予選落ち)、1500mは準決勝2組6着(同)、5000mは12位(予選なしの決勝)。東京五輪ほどのインパクトを残すことができなかった。

記録面では5000mで日本歴代4位の14分58秒90をマークするも、800m(2分03秒10)、1500m(4分05秒30)、3000m(8分41秒93)は自己ベストに届かない。1500mは自身が持つ日本記録から6秒も遅れた。

本人のなかで「何か変えないといけない」という気持ちが大きくなり、オレゴン世界選手権から3カ月後にケニア合宿を敢行。2023年2月には世界トップクラスの女子中長距離選手が集まる「チーム・ニューバランス・ボストン」でトレーニングを実施した。新たな刺激が、田中の気持ちを揺さぶったようだ。

田中は1年間在籍した豊田自動織機を3月末付で退社。新たな一歩を踏み出した。