逆境こそ「獺祭」の母
こうやって私どもの歴史を振り返ってみますと、結局、逆境が獺祭を生み出してくれた、という感慨を持ちます。
1990年に生まれた獺祭。初年度の売り上げは5000万円ほどでした。その美味しさが評価され、とくに2010年代に入ってから売り上げは大きく上昇曲線を描くようになりましたが、国内の日本酒市場の将来を考えれば、少子高齢化のために縮小していくのは間違いないことです。
そこで海外進出はかなり早い段階から考えていました。ニューヨークへの輸出を始めたのは、2002年からです。問屋に任せることはせずに、息子の一宏(現在は4代目社長)と二人三脚で、ニューヨーク、パリ、ミラノの名の知れたレストランや酒販店に、直接飛び込み営業をかけました。
もちろん相手にされないような態度を取られたこともたくさんありましたが、じわじわと「美味しい」「他の日本酒とは違う」という評価を得ていただくことが増えました。
ほかよりも精米歩合の高い獺祭は、米の雑味が少なく、フルーティーですっきりとした味わいがあります。やはり飲んでいただければ、その違いを感じ取っていただけるのです。
世界への扉が開いた瞬間
そしてある日、私はパリで、最高の褒め言葉をかけていただきました。
「恋に落ちたという表現が最も適切だろう。獺祭は私がこれまで出合った最良の日本酒だ」
フランス料理界の巨匠、今は亡きジョエル・ロブションさんの一言です。世界への扉が開いた瞬間です。
(構成=菊地武顕)