一般のスーパーでは買えない幻の食材
コロナ禍の終息を待たず、飼料高騰、電気代高騰が容赦なく襲いかかる。強烈な逆風にさらされる畜産・酪農農家が、廃業に追い込まれるニュースが後を絶たない。持ち堪える農家でも、縮小せざるを得ない条件はそろっている。ひと手間を省く理由は十分にある。
だが、瀬戸際に立ちながら、いずれの道も選ばない、それどころかこだわりを極め、失われた売り上げを取り戻し、新たな販路をつかんだ黒豚生産農家が宮崎県小林市にある。
「桑水流黒豚 からいもどん」の名称で、黒豚(バークシャー種100%)の精肉をはじめ、ハンバーグやベーコン、みそ漬など60種類を超える無添加の加工品を製造販売する桑水流畜産。
桑水流黒豚の商品は一般のスーパーでは売られていない。30年にわたって全国の百貨店の催事を中心に、試食と調理実演の対面販売で固定客を増やしてきた。伊勢丹新宿店で開催される催事では畜産・豚肉部門で12年連続年間売り上げ1位を獲得した、知る人ぞ知る人気の黒豚ブランドだ。
看板商品の「黒豚ロースみそ漬」(864円)は1日700枚を売り上げた記録がある。黒豚ならではの肉の甘みを引き立てる特製のブレンド味噌を使ったもので、「ご飯に合う、お酒のおつまみにもいける」とリピーターも多い。
経営方針は「豚も人もリストラしない」
鹿児島との県境にある延べ2万5千坪の敷地に豚舎と直売所、加工工場を構える。会長の桒水流浩蔵さん(67)を筆頭に、妻の美穂子さん(62)と3姉妹の娘、次女・丈菜さん(39)の夫で社長の太田德尚さん(38)の家族6人、そして従業員21人で、3500~4000頭の黒豚を生産している。
譲れない経営方針はただ一つ。豚も、人も、リストラしないこと。コロナ禍の間、百貨店の休業や催事の縮小で売り上げは2019年比6~7割の水準に落ち込んだ。冷凍在庫が3倍の量にまで膨れ上がった時も、桒水流会長は「減らさない」考えを改めて家族と従業員に伝えた。その言葉を受け、スタッフは総出で営業に奔走し、新商品の開発を続けた。
桒水流会長はいう。
「1頭の黒豚が自然交配の種つけからお肉になるまで1年かかる。人もそうですが、手放したら最後、いざという時に勝負に出られない。12年前に宮崎に口蹄疫が広がった時、うちに被害はなかったけど、風評で売れなくなり、やむなく豚を大幅に減らしたことがあったんです。需要が戻っても売るものがなくて、悔しい思いをした。もう二度とあんなことはしないと決めて、ずっとやってきましたから」
従業員の雇用も給与もそのままに、役員の家族6人全員の給与を引き下げ、コロナ禍の“冬の時代”をしのいだ。