3Dプリンターの印刷中の様子と完成製品例

立体印刷は、約20年前に開発された技術で、三次元に対応するデータを入力し、立体物を印刷(!)する。最近までは高価なため、飛行機や自動車などのプロトタイプの作成にしか使われてこなかった。しかし、現在では、紙に文字や写真を印刷するように、金属やプラスティックなど多様な素材に対し三次元印刷機で加工を施し、指輪やコーヒーカップ、玩具といったものを作り出せるようになっている。なかなかイメージをつかめない読者は動画サイトで検索すればいくつもの印刷風景を見ることができる。その技術の進歩に驚く読者もいるのではないか。この立体印刷がここ1、2年で急速に発達し比較的手ごろな金額で利用できるようになってきている。

三次元印刷の技術を使って消費者の創作活動を支援する事業を行っているのがShapewaysだ。同社のオンライン・サイトを利用すれば三次元で製品デザインをすることができ、1ロットから製造、入手することができる。製造された作品はネット上に無料公開され、他の消費者も気に入ったものがあれば購入できる。商品分野は芸術、雑貨、家庭用品、宝飾品、趣味と多様だ。価格も製品分野によって数百円のものから数千円、数万円と多様だが、手ごろな値段という点では同じだ。米国内ならデザインして製造を依頼してから10日程度で入手することができるという。

shapewaysに掲載されている作品例

欲しい製品を自分で簡単にデザインできるという意味ではTinkercadも同じだ。同サイトは無料で玩具を自分の好みに応じて三次元で簡単に設計できる。設計の仕方をわかりやすく教えてくれるツールもついていて、楽しみながら玩具の設計をすることができる。同社のサイトに掲載されている製品の場合、クリエーティブ・コモンズ・ライセンスのマークがついている。つまり一定の条件を満たせば、投稿されている他人がデザインした作品を二次利用して自分の玩具を設計することが許されているのだ。

作成したデザインを実物製品として入手したければ、消費者が3Dプリンターを持っている場合、自分で印刷すればよい。Shapewaysなどの三次元印刷会社を利用したいなら、印刷会社にデータを送るところまで同サイトで誘導してくれる。デザインされた玩具はShapewaysの場合と同様に、誰でも閲覧でき、欲しいと思うデザインがあれば自分で印刷したり、印刷会社に製造を注文できる。このように、Sha pewaysやThinkercadの登場は、消費者が製品を設計したり、製造するコストを劇的に引き下げた。消費者イノベーションが起こる可能性を今まで以上に高めたのだ。

新しいイノベーション・パラダイムは次のような順序で製品イノベーションが起こり、普及すると考える。ある消費者が製品イノベーションを行う→他の消費者がその製品イノベーションを本人から購入あるいはコピーする→類似製品を使う消費者が増加する→ある程度の市場規模が見込めるとわかったところでメーカーが参入する。冒頭で述べたように、コミュニティに属している消費者が起こしたイノベーションはこのルートに乗りやすく、実際に普及しやすい。しかし、コミュニティに属していない個人消費者の場合はイノベーションが本人のレベルでとどまっている場合が多い。

そうした状況の中、今回紹介したオンライン・サイトの登場で個人消費者がサイトに集まる人たちと出会い、あたかもコミュニティのメンバー同士であるかのように交流することが可能になった。個人消費者が無料公開したデザインに対して他の消費者がコメントし、時に手を加え、購入したり、自分で三次元印刷する。他の人々による評価、選別を通じ個人消費者の創作物が人気商品へと変わる。そうした道が今、開かれつつある。

こうした流れを加速するのはスマートフォンとFacebook、twitterなどのSNS(Social Networking Service)の普及だ。現在、動画など製品の中身を直感的に理解できる豊富な情報が様々なネットワークを通じ入手できるようになっている。実際、今回紹介したサイトは、SNSと簡単につながるページレイアウトを採用している。

これまで消費者イノベーションの普及・製品化にいたるルートは主にユーザー・コミュニティによる単線のものでしかなかった。しかし、三次元印刷技術の発達が消費者のデザイン・製造コストを下げ、スマートフォンとSNSの進化が消費者間や消費者・企業間のコミュニケーション費用を引き下げている。その結果、個人消費者による製品イノベーションとその普及がこれまで以上に容易になり、消費者イノベーション・ルートの複線化がまさに起ころうとしている。静かなる革命が進行しつつあるのだ。

(トリニティ、日本バイナリー=写真提供)
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