「なんでもあり」の救済劇

UBSにCS買収を決断させるために、スイス政府は90億フラン(約1.3兆円)の損失補償をつけました。UBSがCS買収で損失を被った場合、最大90億フランまで政府が補塡ほてんするという内容です。さらに、もう1つ金融市場を驚愕きょうがくさせたのは、CSが資金調達のために発行していた劣後債の一種、AT1債160億スイスフラン(約2.3兆円)を無価値にすると発表したことです。株式に約4200億円の価値をつけておきながら、劣後債の価値をゼロにするというのは、きわめて異例の措置です。CSの預金者の不安を取り除き、預金流出を抑えるために、「なんでもあり」の救済劇が演じられました。

これで一件落着かと言うと、そうはいきません。CSの預金者を安心させるには効果があったと思いますが、代わりに世界中のAT1債保有者に強烈なダメージを与えました。世界中の金融機関がAT1債を使って自己資本を調達してきましたが、AT1債の信用が急低下したことで、今後は発行が難しくなり、銀行資本の調達に支障が生じる可能性が出ています。

また、CSのAT1債への投資家が、無価値化の決定にすんなり納得するとは思えません。これからCSを買収したUBSに対して訴訟が起こされる可能性もあります。CSをめぐる混乱は続きそうです。

「なんでもあり」の金融不安対策は、奏効するか

SVB・CSの危機を発端に、欧米の金融機関全般に危機が拡散しないよう、米政府は、なんでもありの対策を発動しています。

【1】SVB、シグネチャー銀行の預金を全額保護すると米政府が発表

預金保険機構による預金保護は1人当たり25万ドルまでだが、信用不安の連鎖を防ぐため全額保護としました。

【2】ファースト・リパブリック銀行にJPモルガンなど11行が資金支援

SVB破綻の連鎖で、カリフォルニア州のファースト・リパブリック銀行の株価が急落し、預金流出が深刻になりました。これに対し、JPモルガンなどが300億ドル(約4兆円)の資金支援を実施しました。米政府は、公的資金だけでなく、民間銀行の資金も使って信用不安を抑える姿勢です。

ただし、ファースト・リパブリック銀行の株価下落・預金流出は続いており、信用不安はまだ収まっていません。

それでもFOMCは利上げを実施

ただ、FRBは金融危機への対応よりも、まだインフレ抑制を重視する姿勢です。22日のFOMC(公開市場委員会)で0.25%の利上げを実施しました。金利上昇がSVB破綻のきっかけになり、信用不安を引き起こしていることに対して、配慮がありませんでした。パウエル議長は22日の記者会見で、「銀行の不安は、放置すると重大なシステム不安につながる」と認識を示したものの、「銀行システムは健全で回復力がある」と、危機が深刻化するリスクが低いとの認識を示しました。私も、このままリーマンショックのような危機に発展する可能性は低いと、現時点では判断しています。

過去の金融危機は、不良債権の拡大で起こりました。日本の1990年代の金融危機は、不動産バブルの崩壊で不良債権が拡大したことで起こりました。米国の2008年の金融危機(リーマンショック)は、米国の住宅価格が急落して、住宅ローン債権(サブプライムローン)が不良債権化したことで起こりました。

今まだ、米国の銀行で、不良債権が急拡大しているということはありません。金利上昇で、保有する米国債などに含み損が生じていますが、不良債権が拡大しない限り、金融全般の危機に広がる可能性は低いと考えています。

ただし、不良債権問題が今後、深刻になるリスクの芽はあります。米国の銀行の資金繰りが厳しくなり貸し渋りが発生していることから、オフィスビルなど不動産市況の下落が始まっていることです。貸し渋りの影響で、不動産市況の下落が加速すると、銀行全体に不良債権が拡大するリスクはあります。そのリスクへの目配りは必要ですが、現時点でそのリスクが高いとは考えていません。