なぜテレビは政治報道に気を遣うようになったのか

放送法が定める「政治的公平」をめぐり、安倍晋三政権下で首相官邸が放送局の報道を萎縮させるような「新解釈」を導き出した「行政文書」が明るみ出て、永田町や霞が関、メディア界が揺れに揺れている。

国会での論戦に加えて、メディアや多くの有識者がさまざまな視点から多様な論争を展開。当該文書の真贋しんがん論争に高市早苗総務相(当時)の「捏造ねつぞう」発言、新解釈がもたらした放送界への影響、情報流出の国家公務員法違反騒動、はては自民党内の思惑絡みの綱引きや、総務省内の旧自治官僚と旧郵政官僚の因縁のバトル説まで飛び出し、岸田文雄政権は火消しに追われている。

参院予算委員会で立憲民主党の小西洋之氏の質問を聞く高市早苗経済安全保障担当相=2023年3月20日、国会内
写真=時事通信フォト
参院予算委員会で立憲民主党の小西洋之氏の質問を聞く高市早苗経済安全保障担当相=2023年3月20日、国会内

論点はたくさんあるが、この「事件」が抱える本質的な問題は、一介の首相補佐官が安倍首相にゴマをすろうとした浅慮で「報道の自由」を侵しかねない事態をいともたやすく既成事実化してしまったことにある。

「サンデーモーニング」に募らせた不快感

「事件」が明るみになったのは3月2日。立憲民主党の小西洋之参院議員が、放送法の政治的公平をめぐり、2014年から15年にかけて、礒崎陽輔首相補佐官(当時)の主導で高市総務相が国会で新解釈を答弁するに至った総務省の内部文書を暴露したことに始まる。

当該文書は78ページに及ぶ。文書によると、政府・与党に批判的なTBSの番組「サンデーモーニング」について、礒崎氏が「コメンテーター全員が同じ主張の番組は偏っているのではないか」という問題意識を持ち、総務省に執拗しつように政治的公平の解釈変更を迫った。

さらに安倍首相が「現在の放送番組にはおかしいものもあり、現状は正すべきだ」と指示、高市総務相が政治的公平の判断基準を「放送事業者の番組全体」から「一つの番組」に変える新たな解釈を国会で披歴するまでの赤裸々な流れが克明に記されている。

「事件」のキープレーヤーとなった総務省出身(元自治官僚)の礒崎氏は、清和会(現安倍派)に所属する参院議員(当時)。首相補佐官としての担務は国家安全保障と選挙制度で、放送行政は所掌ではなく、縁もゆかりもない。にもかかわらず、放送法の政治的公平をめぐって総務省に口を出したところに「事件」の異常性がうかがえる。