ストレートも変化球

山本が投げる各球種は、手先ではなく、身体全体で投げているから独特な特徴が表れている。そうした動きをつくり上げるのがBCエクササイズだ。

その前段階がないと、握りやリリースの仕方を聞いただけではプロの投手が投げても同じような変化にはならないのだろう。

独特な軌道を考える上でもう一つのポイントは、「変化球」を概念から見直す必要があることだ。一般的に投手たちが投げる球種は「ストレート」と「変化球」に大別されるが、その境界線はじつは曖昧だ。

カットボールは英語で「Cut fast ball」が正式名称だと先述したが、同じくツーシームは「Two-seam fast ball」で、スプリット=フォークは「Split-finger fast ball」となる。つまり、すべてファストボール=速球を派生させた球種と言えるのだ。

ストレートは日本語で「真っすぐ」や「直球」と訳されるが、英語では「Four-seam fast ball」と言われる。ラプソードやトラックマンなど弾道を追跡するテクノロジーの誕生もあって判明してきたのが、基本的にストレートにはシュート成分とホップ成分が含まれるということだ。見方によっては、ストレートも変化球だと言える。

「山本のストレートはきれいな回転で、まったくシュート回転していませんね」テレビ中継でそう解説した評論家もいたが、半分正解で半分間違いだ。

確かにきれいなバックスピンがかかっている一方、京セラドームの天井から映されたカメラでボールの軌道を見ると、シュート回転しながらキャッチャーミットに吸い込まれていることが明らかにわかる。

つまり、ストレートも変化球と言えるわけだ。

日本とアメリカの投手の大きな違い

こうした考え方を踏まえ、2022年の春季キャンプ直前に取材した際、改めて山本にカットボールの秘密を尋ねた。

一般的なカットボールの握り方として、ストレートから人差し指と中指を1本分ずつ左にずらしてジャイロ回転を加える方法がある。縫い目がずれることで、ストレートと同じように投げればバックスピンにジャイロ回転という進行方向に向かって螺旋状の回転が少し加わり、打者の手元で急に曲がるような軌道になるのだ。

「なんかあるんですよ。ハハハハ」山本に訊くと、そうかわされた。

握り方自体は「ストレートと同じ」と言うので、おそらくリリースの瞬間に人差し指と中指で変化をつけているのかもしれない。リリース時のジェスチャーを見ると、そんな感じにも想像できた。

カットボールやフォーク、チェンジアップがストレートのような軌道から打者の手元で鋭く曲がる理由は、ボールへの力の伝え方に関係がある。

そう解説するのは、先述したアメリカの独立リーグでプレーする右腕投手の赤沼淳平だ。大学時代からアメリカでプレーしながらMLB球団との契約を目指す赤沼は、日米の大きな違いは変化球の“強弱”にあると説明する。

「一般論として、アメリカの選手は変化球が“強い”です。日本の選手は“弱い”。その違いは投げるときに肘を抜いているか、抜かないかという話です。特に日本では肘を抜いて真っすぐを投げる人が多いじゃないですか。でも、山本由伸投手の球は強いですよね。特にカットが強い。あの人は身体全体を使って投げるじゃないですか。変化球も基本的にストレートと同じ投げ方で、リリースの仕方を変えているだけなんですよ」