かつて「携帯で仕事をする」といえば「ブラックベリー」という時代があった。元祖スマホと呼ばれるキーボード付きの端末で、世界中のビジネスマンに愛用されていた。しかしiPhoneの登場によって状況は一変する。アメリカ人ジャーナリストの著書『ビジネスの兵法』(早川書房)から、ブラックベリーの転落劇を紹介する――。

※本稿は、デイヴィッド・ブラウン(著)、月沢李歌子(訳)『ビジネスの兵法』(早川書房)の一部を再編集したものです。

ブラックベリー
写真=iStock.com/AdrianHancu
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キーボード付きの元祖スマホは、なぜiPhoneに敗れたのか

iPhoneが登場する以前、リサーチ・イン・モーション(RIM)社のブラックベリーは、企業ユーザーから、のちには一般消費者からも愛されるスマートフォンの主役だった。

フルキーボードがついていて、安定したEメールの送受信が可能であり、ブラックベリーメッセンジャー(BBM)を使えば、当時のSMSテキストメッセージとは違ってグループチャットもできた。

初代iPhoneにキーボードがなかったことは、当初、物議を醸した。ところが、ジョブズはブラックベリーや同様の機器には「キーボードがついているが、必要であるのかないのかはわからない」と一撃を浴びせ、批判をかわした。

ジョブズが表現したように、キーボードがないことはiPhoneにとって強みだった。「今から6カ月後にすばらしいアイデアが出てきても、あわててボタンをつけ足すことはできない。出荷後なのだから」と説明した。

iPhoneのガラスのタッチスクリーンは、この機器がすべてのアプリに応じられるよう、ユーザーインターフェイスをカスタマイズできるということだ。

自宅でジョブズのプレゼンテーションを見ていたRIMの創設者であり共同CEOのマイク・ラザリディスは、最初はそれほど心配していなかった。

企業向けのシェアはダントツだった

RIMの製品は、多くがビジネスパーソンである長年のブラックベリーユーザーから支持されている。彼らは小さなキーボードを使って、驚くほど速く、正確に文字を入力できた。

消費者市場に固執するアップルとは異なり、RIMは将来を企業向け市場に賭け、ブラックベリーを、企業や政府機関が必要とする十分な安全と信頼を備えた唯一のスマートフォンと位置づけていた。

市場にあふれる薄い折りたたみ式携帯電話とは異なる、そうした抜け目のないポジショニングにより、ブラックベリーは大企業を独占していた。RIMは企業向け市場を握っているのだから、気まぐれな消費者の好みなど心配する必要はないと考えた。

普通の人々は、現代のポケベルであるブラックベリーをステータスシンボルとして持ちたがるだろう。ブランドの未来は安泰だった。

やがてAT&Tが所有する通信事業者シンギュラーのCEOがステージに現れ、アップルとの独占契約を発表した。まさか、とラザリディスはあざ笑った。電話で完全なウェブ閲覧が可能な容量と速度のデータプランを提供できる携帯電話ネットワークがあるはずがない!

ポジショニングは野蛮なスポーツのようなものだ。半端な真実や拒絶の余地はない。iPhoneに突きつけられた脅威を認めたがらなかったことが、RIMが直面した最大の脅威だった。