人生は一行の言葉でどうこう言えるほど簡単ではないが、人生の一側面を一行で表すことは可能である。

作家 阿刀田 高
1935年、東京生まれ。国立国会図書館勤務時代に執筆活動を開始。短編集『ナポレオン狂』で第81回直木賞受賞。日本ペンクラブ会長、直木賞の選考委員などを務める。

会合が終わり、今後も親しくしたい人たちへ挨拶をする。あるいは、礼状をしたためる。いくらか改まった言葉を使いたいとき、こんな言い回しを持ち出してみてはどうだろう。

「喜びはみんなで共有すると増加するが悲しみはみんなで共有すると減少する、といいます。今日は本当に楽しかった。またお会いしましょう」

みんなで迎えると喜びはどんどん盛り上がって大きくなる。サッカーの国際試合の勝利の瞬間などはそうだろう。

次は、男女の仲で使える言葉。去っていく男の背に女が言う。

「足音だけ残しておいて」

別れたあとにメールを送る。

「後ろ姿はいつも寂しいね」

後ろ姿を見ているのは、恋人だけではない。すでに独立した息子が実家を訪ねてくる。帰りがけ、いったん玄関から送り出したあと、ほんの少し遠ざかったあたりでもう一度ドアをあけ、後ろ姿を見守っていることがある。

息子はきっと、さっきまで父親と過ごしていたときの気分を振り払い、頭の中は、たとえば仕事のことに切り替わっているのだろうか。歩いていく後ろ姿を見ていると、「なんとかやっているんだな」「結構苦労をしているのかもな」と、いろんな思いが浮かんでくる。

男女の場合なら、石川啄木の歌が気持ちを代弁してくれるように感じてしまう。

「君に似し姿を街に見る時の こころ躍りを あはれと思へ」

人生において「よい出会い」はめったにない。同じメンバーであっても、ほんとうに充実した1時間なり2時間を過ごすということはきわめて少ない。双方の心理状態、健康状態、天候など、いろんなことが影響しているからだ。

そうである以上、よい出会いは大切にしなければならないし、よい出会いを持つために努力をすることは、生きていくうえで最も大切なことだと言っていい。

ところが私たちは、仕事であれば無理をしてでも予定を合わせるのに、もっと大事な、たとえば学生時代の仲間とただ会って食事をするというようなことにはさほどの努力を払わない。したがって、よい出会いはますます間遠になっていく。

「今日は本当に楽しかった。また会おう」

その言葉に万感の思いを込めることで、以上のような気持ちを伝えたい。

※すべて雑誌掲載当時

(面澤淳市=構成 相澤 正=撮影)
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