ネットワークの構築と体制づくりが急務
大動脈疾患の治療は、病変部の血管を人工血管に置き換える治療が主流である。胸部大動脈瘤の多くは自覚症状がないが、健康診断や人間ドックのCT検査、エコー検査で見つかるケースが多い。標準的には、腹部大動脈瘤で5センチ以上、胸部大動脈瘤で6センチ以上が手術の適応だ。
胸部大動脈疾患手術は、バイパス手術などと比べて死亡リスクが高く、下半身麻痺や脳梗塞といった合併症を起こす危険もある難易度の高い手術である。
「胸部大動脈は非常に範囲が広く、病変部の場所や範囲によってもアプローチが変わってくる。どうやってアプローチして治療し合併症を防ぐか、術前に綿密な手術計画を立てることが非常に重要です」
胸部大動脈疾患の手術に力を入れる自治医科大学附属さいたま医療センター心臓血管外科の安達秀雄教授はそう強調する。手術は10時間以上に及ぶ場合もある。外科医、麻酔科医、看護師、学技士、術後管理を行うスタッフに至るまで一人ひとりの経験とチームワークが不可欠な手術なのだ。
なお、胸部大動脈瘤で手術のリスクの高い人や腹部大動脈瘤に対しては、カテーテルを使って血管の中からステント・グラフトというバネのついた人工血管を挿入し、瘤が破裂しないようにする治療も積極的に行われている。
突然血管が裂ける解離性大動脈瘤については、自覚症状や前兆がない場合が多く、今のところ予防法はない。一刻も早く手術を受けることが最大の救命法だ。しかし、24時間365日、大動脈疾患の手術を行える体制を整える病院は、大病院の多い東京都内でさえ少ない。
「解離性大動脈瘤は増えており、救急車が到着したときに、すぐに受け入れられる施設はどこなのかわかるようなネットワークの構築と体制づくりが急務だ」
緊急手術にも力を入れる榊原記念病院の住吉副院長はそう訴える。多くの専門職が常時手術に入れるような体制を整えるのは病院の自助努力だけでは難しい部分もあり、救急を担う病院には行政のバックアップも必要だろう。安達教授も、「特に、胸部大動脈疾患の治療は、2~3人しか心臓外科医がいないような病院で行うのは大変だ。心臓外科手術全体の救命率を上げるためにも、病院の集約化が必要です」と指摘する。
心臓外科手術は、国内外で、症例数が多い施設のほうが治療成績はいいことが証明されている分野だ。欧米や中国では、心臓外科施設の集約化が進み、年間1000例以上の手術を行う心臓病センターも少なくない。ところが、日本の場合には、医療施設調査によると、心臓血管外科を標榜する病院は912施設(医療施設調査、09年10月1日現在)。年間症例数が1桁の病院もある。大病院が多いDPC参加病院・準備病院でさえ、半年で24例以下の病院が最も多かった(図2)。
日本胸部外科学会など3学会で構成する心臓血管外科専門医認定機構は、年間25例未満の病院は専門医の修練施設から外すことで集約化を図ろうとしている。集約化のためには、多少病院が遠くなっても救命率が上がればいいという地域住民の理解が欠かせない。普段は近くの医師にかかりつつ、心臓外科手術や心カテーテル治療を受けるときには症例数が多く信頼できる病院を選ぶといった使い分けが大切だ。
※すべて雑誌掲載当時
※ランキングは1607病院のDPCデータを使用。2009年7~12月の6カ月間の退院患者についての治療実績。「―」は10例未満、または分析対象外とされたもの。