アグネス・チャンと話す謎の男の正体

漫画家・高信太郎の「オールナイトニッポン」でのこと。当時人気アイドル歌手だったアグネス・チャンがゲスト出演した。アグネス・チャンは香港出身。番組中にファンだという男性と電話をつないだ。しかし、その男性が話す中国語はでたらめもいいところ。

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写真=iStock.com/Miljan Živković
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実はこの男性こそが、まだ大きく世に出る前のタモリであった。この仕掛けを考えた番組ディレクターが早稲田大学モダンジャズ研究会でタモリの1年先輩だったこともあり、これをきっかけにタモリは1976年10月から水曜1部のパーソナリティを務めることになる。31歳のときである。

この「でたらめ中国語」の一件が物語るように、始まった「タモリのオールナイトニッポン」でもタモリワールドが展開された。

人気紀行番組「すばらしい世界旅行」(日本テレビ系、1966年放送開始)のナレーションを担当していた久米明のモノマネもそのひとつ。しかもタモリの場合、単なる声帯模写ではなく、「この場面なら久米明はどうナレーションするか」という独創性のある芸だった。これは「思想模写」と呼ばれ、詩人・劇作家の寺山修司など同じようにネタにされた有名人は多かった。

「思想のない音楽会」とは

過激なパロディという部分では、「つぎはぎニュース」というのがあった。これは、実際のNHKのニュースを編集して意味不明の内容に改変したものがリスナーから投稿され、それを番組で流すというもの。

たとえば、交通事故のニュースのはずが、車を運転していたのがなぜか大根で、助手席に乗っていたのがネギ1束という奇妙な話にいつの間にかなっている。

編集技術も見事なものが多く、ちょっと現代アートにも通じる音のパッチワークだ。大いに盛り上がったが、数カ月やったところでコーナーの存在を知ったNHKからクレームが来て終了した。

また、ナンセンスなものへの偏愛も、タモリワールドの欠かせない部分だ。「つぎはぎニュース」にもその要素はあったが、代表的なのは「思想のない音楽会」だろう。

このコーナーは、まったく思想の感じられない曲を番組で流すというもの。当時タモリは、フォークやニューミュージックにある「暗い曲」を変に深刻ぶったものとして鋭く批判していた。それに対抗して、ナンセンスの域にまで達した極め付きの明るい曲を発掘しようというのが、この「思想のない音楽会」だった。

往年の歌う映画スター、高田浩吉の「白鷺三味線」(1954年発売)はそのひとつ。高田の存在は若者に知名度があるとは言えなかったが、タモリが突き抜けて明るく意味のない歌詞を激賞し、リバイバルヒットするに至った。一方無名のタレント・さいたまんぞうが出した自主制作盤「なぜか埼玉」(1981年発売)も同じくこのコーナーで評判となってメジャーデビューとなり、有線などをメインにヒットした。