なぜ熊は人間を襲うのか。ノンフィクション作家の中山茂大さんは「積極的に人間を襲うことはないとされているが、偶発的に人肉の味を覚えると厄介だ。ロシア領のカムチャッカ半島では、19歳の女性が熊に襲われながらその模様を電話で母親に伝えた『ペトロパブロフスク熊事件』が有名だ」という――。
「ペトロパブロフスク熊事件」とは
10代の女性がヒグマに襲われ、自分の身体を喰われながら、携帯電話で母親に助けを求める……。
そんなショッキングな事件が2011年にロシアで発生した。
「ペトロパブロフスク熊事件」として、ネット上では有名な事件だが、ロシア内での最初の報道などを参照し、改めて事件の経緯をたどってみよう。
ロシア領カムチャッカ半島は北海道から1000キロ以上も東にある。ペトロパブロフスクはその第1の都市だ。
イゴール・ツィガネンコフ(45)、彼の妻のタチアナ、娘のオルガ(19)、祖母の4人家族は、ペトロパブロフスク近郊のコリャーキ村に住んでいた。
その年の夏、彼らは多くのカムチャッカの住民と同じように、ダーチャ(菜園付きの別荘)で過ごしていた。
その土曜日、イゴールと娘のオルガは、パラトゥンカ川に遊びに行くことにした。
目撃者によると、その地域の草丈は2メートルを超えていた。茂みに何かが潜んでいても見つけることは難しかった。
車を川のほとりに停め、ふたりは森の小道を歩いていると、突然、ヒグマが茂みから飛び出し、イゴールの頭部を打ち砕いた。イゴールは悲鳴もあげずに即死した。