財務省は意向に従わない政権を平気で倒しに来る

――読売新聞の世論調査では、改造前に51%だった内閣支持率が、改造後に64%に跳ね上がりました。

女性5人と谷垣さんのおかげですね。谷垣さんには助けられました。社会保障と税の一体改革に道筋を付けた本人ですが、この年の秋、増税を延期して衆院を解散するという私の考えに理解を示してくれました。私が解散と消費増税の延期を考えているという話をした時、谷垣さんは「総理の考えであれば、それで結構です。ご安心ください。選挙の準備はできています」と言ってくれたのです。

――衆院解散は、14年11月18日に記者会見し、15年10月からの消費税率10%への引き上げを1年半先送りすることとセットで表明しました。「国民経済にとって重い決断をする以上、信を問うべきだ」と述べて、21日に解散しましたが、増税延期という国民受けしそうな政策変更と、解散を同時にしたのは、ある意味で狡猾な手法と言えます。

増税を延期するためにはどうすればいいか、悩んだのです。デフレをまだ脱却できていないのに、消費税を上げたら一気に景気が冷え込んでしまう。だから何とか増税を回避したかった。しかし、予算編成を担う財務省の力は強力です。彼らは、自分たちの意向に従わない政権を平気で倒しに来ますから。財務省は外局に、国会議員の脱税などを強制調査することができる国税庁という組織も持っている。さらに、自民党内にも、野田たけし税制調査会長を中心とした財政再建派が一定程度いました。野田さんは講演で、「断固として予定通り(増税を)やらなければいけない」と言っていました。

増税論者を黙らせるためには、解散に打って出るしかないと思ったわけです。これは奇襲でやらないと、党内の反発を受けるので、今井尚哉秘書官に相談し、秘密裡に段取りを進めたのです。経済産業省出身の今井さんも財務省の力を相当警戒していました。2人で綿密に解散と増税見送りの計画を立てました。

日本の財務省
写真=iStock.com/7maru
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麻生氏は財務省を黙らせることができる

――11月は、前半に中国でアジア太平洋経済協力(APEC)、いったん帰国して中旬にミャンマー、豪州と外遊が多かったですね。

APECの前に、谷垣幹事長には解散の意向を伝えました。その後、何となく永田町に解散風が吹き始めたので、議員が皆地元に戻ったんです。増税論者も含めて。ここまでうまくいくとは、思っていなかったです。

安倍晋三【著】、橋本五郎【聞き手】、尾山宏【聞き手・構成】、北村滋【監修】『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)
安倍晋三【著】、橋本五郎【聞き手】、尾山宏【聞き手・構成】、北村滋【監修】『安倍晋三 回顧録』(中央公論新社)

問題は麻生太郎さんで、解散は賛成だけれど、増税先送りには反対していたのです。豪州からの帰りの政府専用機内で、説得したのです。景気次第で増税を見送る「景気条項」は撤廃すると、私が約束したので、最終的には了解してくれました。麻生さんは親分肌だから、財務省を黙らせることができるのです。

――麻生さんは政権の屋台骨でした。

麻生さん、高村さん、菅さん。この人たちを抜きに長期政権は築けませんでした。麻生さんとは、人間的に肌が合うんですよ。お互い政治の世界で育ったという環境も影響しているのでしょう。首相時代は、漢字が読めないとかさんざん批判されましたが、ものすごい教養人です。歴史に造詣が深く、読んでいるのも漫画だけではないのだけど、自分を悪い人間のように見せようとするのです。あれは、もったいないですよ。自然に振る舞えばいいのに。彼は毛筆で手紙を書くじゃないですか。あんな政治家ってもう最後ですよね。