「これで思い残すことはありません」
その後、彼女は家族に手紙を書き、思い出の品を子どもたちにつくり始めました。
2週間後。Mさんは「手紙ができたので子どもたちに読んで聞かせたい。できれば先生たちも来てほしい」と希望され、私はスタッフと一緒に彼女の病室を訪れました。
部屋には10人近くの彼女の家族が待っていました。本人はかなり息が苦しそうでしたが、気力を振り絞って手紙を読みました。
「お母さんはもうすぐ天国に行きます。これからはお父さんを助けてみんなで力を合わせて頑張ってね。天国ではあなたたちのことを見守っています。私はあなたたちのお母さんで幸せでした。ありがとう」
娘さんはたまらず「お母さんみたいな看護師になる」と言って泣き出しました。彼女は看護師だったのです。そして息子さん、ご主人をはじめご家族全員がひとりずつ彼女と話しました。みなさん涙を流しながら「ありがとう」と、感謝の言葉を彼女にかけました。気がついたら私も泣いていました。病室じゅうに、温かな涙と感謝が広がっていました。
「先生これで思い残すことはありません。呼吸が苦しいから鎮静(睡眠導入剤を使って眠ることで苦痛を感じないようにする方法)してください」
私が鎮静を行うと、彼女は穏やかな表情で眠りに入っていきました。
彼女が旅立たれたのは、それから2日後のこと。とても安らかな最期でした。
死と向き合ったからこそ強くなれた
私はMさんを看取り、なんと強い人だっただろうかと感動しました。
しかし、元来強い人ではなかったかもしれません。原発不明がんという難治がんを告げられ、つらい抗がん剤治療を重ね、何度も心が折れそうになったことでしょう。そのたびに気持ちを前に向き直し、歩まれてきました。ホスピスに入院してからは、弱っていく身体と向き合い、つらい症状と向き合い、そして自分の死と向き合い、葛藤の日々だったことでしょう。
そのうえで、自分の想いをしっかりと子どもたちに託すことを決めたのです。死を前にして彼女は母親としての最後の役割を果たせたのではないでしょうか。病気と向き合い、死と向き合った結果が、彼女を強くさせたのでしょう。
また、お子さんたちも母の想いをしっかりと受け止めていました。彼らは、彼女から「希望」をもらったのだと思います。亡くなっていく母親から、これからを生きていく子どもたちへバトンが手渡されたのです。