日本と欧州が技術覇権を争う構図に

「北アドリア海水素バレープロジェクト」の全容はまだ明らかではないが、HSE社のプレスリリースによると、このプロジェクトでは鉄鋼やセメントといった素材産業での水素利用の実現を視野に入れている模様だ。素材産業では多くの化石燃料が利用されるため、ここで水素の利用が広がれば、脱炭素化が大いに進むと世界的に期待されている。

特に、鉄鋼業で水素の利用が進むことは、脱炭素化の象徴的な観点からも歓迎される動きとなる。製鉄の過程で、コークス(石炭を蒸し焼きして炭素部分だけを残したもの)は欠かせない材料である。

一方、高炉にコークスを投入して鉄鉱石を溶かす際に、コークスに含まれる炭素と鉄鉱石に含まれる酸素が結合し、大量のCO2が生まれる。その過程で、コークスの代わりに水素を使えば、水が生まれることになる。

この高炉水素還元技術を確立することができれば、脱炭素化に大きく資するとともに、この分野における技術覇権を制することができるだろう。なお日本でも、2030年ごろまでに1号機を実機化し、以降の普及・実用化を目指そうと実証実験が進められている。

現時点では日本も負けていない

そもそも、水素の利用に向けた技術では、日本も勝る点が多い。

その中心である兵庫県の神戸市は、「水素スマートシティ神戸構想」を掲げ、産官学の連携の下で様々な実証実験を行っている。例えば神戸港内の人工島「ポートアイランド」では、2018年に水素燃料によるガスタービン発電の実証実験が行われ、成功している。

それに2022年2月には、オーストラリアより液化水素を積載した運搬船「すいそ ふろんてぃあ」が帰港、話題となった。同年6月に神戸市内で2カ所目となる商用水素ステーションがポートアイランドに整備されることが決定、2023年春の稼働が目指されている。日本がヨーロッパ勢に後れを取っているというわけでは必ずしもない。

液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」左舷後部。2020年10月18日川崎重工神戸工場にて。
液化水素運搬船「すいそ ふろんてぃあ」左舷後部。2020年10月18日川崎重工神戸工場にて。(写真=Hunini/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

脱炭素化は世界的なメガトレンドであり、その点において水素は期待されるエネルギーである。加えてこの動きは、脱ロシア化という観点からも、ヨーロッパで加速することになった。

水素の利用に向けた技術に関しては、日本が先行している分野も多く、日本の事業者にとっても、ヨーロッパ向けに輸出の機会が増える可能性は高いだろう。