「この人生を何度繰り返してもいい」と思えるか

そして、ツァラトゥストラは超人について語ります。

「超人は大地の意味である」

つまり、超人とは、神、天使、理性、精神、霊、幸運、あの世、輪廻、歴史、などといった非大地的なものを棄てさり、現実の事柄のみを引き受けて生きていく人を指します。

そのような超人は自分のなしたことを後悔するはずもありません。なぜならば、別なふうに行動していればもっとよい結果を得たはずだったのにと考えるのならば、それは超地上的な空想世界に生きることになるからです。

したがって、超人はいっさいの現実を肯定する人です。だから、この人生がそっくりそのままくり返される永劫回帰が起きたとしても充分に耐えられる人となります。

というよりもむしろ、そうであったことすべてを、それは自分が欲していたものだと肯定できるのです。したがって、超人は救われた人でもあるのです。

詩的な哲学表現がカフカら小説家たちにも影響

論理をいくつも重ねながら慎重に考察していって結論に導く、というのが一般的な哲学の方法だとすれば、ニーチェは鋭い洞察から得た発見を詩的な言語表現でさしだすという方法をとります。

その洞察は、現実の自然から得られました。自分の不安定な体調を悪化させないために郵便馬車に揺られての保養地への旅とそこでの数カ月の逗留をくり返すという生活をずっと続けながら、自然の中での体験や発想を手近の紙片にメモしておくことから始める執筆スタイルは、自分の頭の中で論理をこねくりまわして書斎で書くという従来の観念哲学者とは真逆のものでした。

白取春彦『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』(三笠書房)
白取春彦『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』(三笠書房)

ニーチェの書いたものに数行だけのアフォリズム(警句)風のものが多いのは、旅先での数々の短いメモが土台になっているからなのです。

好んで訪れていた逗留地の1つスイスのシルス・マリア(標高1800メートル)で散歩をしていたとき、ある岩の前で一種の神秘的な体験をし、そのときに永劫回帰の思想が突然に浮かびあがり、哲学的な寓話『ツァラトゥストラ』を書くことになりました。

ニーチェの哲学は多くの人に影響を与え、特に哲学者のヤスパース、シェーラー、フーコーの他、小説家のトーマス・マン、カフカ、ジッド、カミュ、詩人リルケなど、それぞれの時代をいろどり、今なお古典として残る人々の思想に刺戟をもたらしてきたのです。

フリードリッヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ(Friedrich Wilhelm Nietzsche)
1844~1900 プロイセン王国の小村レッツェン・バイ・リュッケンに生まれる。病気を理由にバーゼル大学古典文献学教授を辞職してから、保養地を旅した在野の哲学者。55歳没。

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