※本稿は、白取春彦『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
「超人」と「永劫回帰」の生き方を教えるストーリー
「人間は、動物と超人とのあいだにかけ渡された一本の綱である」
「きみの身体のなかには、きみの最善の知恵のなかにあるより、より多くの理性がある」
「過ぎ去ったことどもを救済し、一切の《そうあった》を《そうあることをわたしは欲したのだ!》に根本から造りかえること――これをこそわたしは初めて救済の名で呼びたい!」
(出典:『ニーチェ全集〈9〉〈10〉ツァラトゥストラ』吉沢伝三郎訳 筑摩書房)
これは、ニーチェの世界的名著『ツァラトゥストラ』(原題:Also sprach Zarathustra 1883~1885)の一節です。
1881年8月、ニーチェがスイスの保養地にある湖の近辺を歩いていたときに天啓のように「永劫回帰」の思想(すべてがくり返されるとしても、そのすべてを肯定できるような態度)が到来して、それが『ツァラトゥストラ』の核となりました。
原タイトルをそのまま翻訳すれば「ツァラトゥストラはこう言った」となるこの本は哲学的な物語の形になっていて、10年間山に籠っていた40歳過ぎの主人公のツァラトゥストラが山から下りてきて、人々に「超人」と「永劫回帰」の生き方を教えるというストーリーです。
ツァラトゥストラとは、古代ペルシアのゾロアスター教を創始したゾロアスターのドイツ語読みの名前です。
「神は死んだ!」の示す本当の価値あるものの正体
ツァラトゥストラのセリフとして「神は死んだ」というのが有名ですが、これはこれまでのすべての(権威的な)価値は無になったという意味です。
その場合の価値とは、多くの人が信じてきた価値のことで、その土台となっているのはプラトンの哲学、そしてプラトン哲学(と新プラトン派のプロティノスの哲学)を土台にした民衆版ともいえるキリスト教の考え方のことです。
ただし、ニーチェは感情的にキリスト教を嫌悪しているのではなく、キリスト教の神学が「あの世」といった空想的なものを設定し、その設定から倫理・道徳を生み出していることを批判しているのです。
プラトンもまた、真・善・美が住む「イデアの世界」という真実の世界が向こう側にあるという空想を前提にしているので、構造は同じです。
そのような価値観全体から脱しようとツァラトゥストラが主張するのは、哲学や宗教より以前にある原初的なもの、現実にあるものこそ本当の価値なのではないかとニーチェが考えるからです。