「頭で考えるようになりました」と彼女は言う。iPhoneのない生活は、それまでとまったく違うものだった。図書館で小説を借り、地下鉄のグラフィティに目を奪われ、新しい友人たちと知り合った。

ブルーライトに悩まされず、目覚ましの力を借りることなく朝7時に起床するようになったという。iPhoneを運河に投げ捨てることまで夢想したが、さすがにそれは思いとどまった。

両親はおおむね満足している。夕食の席では、ローガンさんからその日の冒険物語を聞くことができるようになった。ただし、安全性だけは気がかりだ。スマホのように位置情報を把握できなくても、せめてガラケーだけは持って出掛けてほしいと、両親はローガンさんの説得を試みている。

最近、ローガンさんの母親は、スマートフォンでTwitterを使い始めた。そして案の定、早くもTwitter疲れに直面している。ローガンさんはニューヨーク・タイムズ紙に対し、「ちょっとだけ優越感をあじわえるので、この状況は気に入っています」と笑う。

2007年から世界は大きく変わった

2007年を契機に、ガラケーがふつうだったそれまでの携帯業界は一変した。

携帯電話
携帯電話(写真=Shinji/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons

同年1月9日、サンフランシスコのモスコーニセンターで開かれたApple製品の見本市、マックワールド。基調講演に登壇したスティーブ・ジョブズCEO(当時)は、大入りの観客にステージ上から笑顔を振りまき、こう語りかけた。

「ご来場ありがとう。われわれは今日、共に歴史の1ページを刻むことになる」

後世に残るほどに革新的な、3つの製品を発表するという。タッチスクリーン搭載のiPod、まったく新しい携帯電話、革命的なインターネットデバイスの3つだ。

壇上のスクリーンには3つを象徴するアイコンが映し出されたが、様子がおかしい。代わる代わる表示されるアイコンは次第に速度を増し、まるで互いに融合するかのようだ。

観客からどよめきが漏れると、自信のある製品を発表するときはいつもそうであるように、いたずらな笑みを浮かべながらジョブズは告げた。

「そろそろ気づいたかい? これらは3つの別々のデバイスではない、1つのデバイスだ。われわれはこれを、iPhoneと名付けた」

クパティーノの本社社屋で2年半をかけて秘密裏に開発されていたiPhoneが、世の中に解き放たれた瞬間だった。