講演会で必ず披露した「夢は叶う」というネタ

冴えていたのは、講演の場でも同様だった。

栗城さんのもとには、学校、医師会や弁護士会、そして様々な業種の企業から講演依頼が相次いでいた。講演後は色紙に「無酸素 栗城史多」とサインを書く。「登山家」と書くより「無酸素」と書く方が目に飛び込むインパクトが大きい。こうした細かな自己演出も巧みだった。

ある企業の営業セミナーに招かれたときのことだ。私が会場に入ると、栗城さんは控え室で企業側の担当社員と名刺交換をしていた。

「営業セミナーなんて、一体何を話せばいいんでしょうか?」と困ったような顔を見せていたが、いざ登壇すると──。

「ボクはいろんな企業さんを回らせていただきますけど、いきなりお金を出してもらおうなんて考えないんですね。まずその方と友だちになりたい、って思うんです。皆さんボクよりずっと人生経験があるし、お会いしていろいろ学ばせていただけます。山の資金につながらなくてもボクは満足です。仲良くなりたいという素直な心が営業の原点だと、ボクは考えています」

栗城流営業哲学を堂々と語ってみせた。自分に声をかけてくれたのがどんな団体で、今日はどんな話を求められているのか? TPOに合わせて機転を利かせるのだ。

反対に、必ず披露する鉄板ネタもあった。「夢は叶う」という話も、その一つだ。

「ボクの夢は単独無酸素で七大陸の最高峰に登ることなんですが、この夢をボクはできるだけたくさんの人にしゃべりたいんです。夢は口に出すことが大事なんです」

彼はいつも、ここで少し間を取る。そして、

「口で十回唱えれば、叶う、という字になりますから」

「ほう!」とか、「うまい」「なるほど」といった声が客席から上がる。拍手も起きる。

栗城さんの成功哲学の「元ネタ」

後々気づくことになるのだが、栗城さんの講演術は「師匠」の大きな影響を受けていたのだ。

「人財育成コンサルタント」として活動するKさんだ。

Kさんは国際線の客室乗務員として日本航空に30年勤務し、世界中のVIPをもてなしてきた。その経験を基に「成功とは成幸である」という独自の成功哲学を樹立した。様々な自己啓発本も出版している。Kさんの講演では、しばしば言葉遊びが披露される。

「絶対やるぞ、という思いは、『心』に、くさび、を打ち込むこと。『必』ず、という文字になります」
「『愛』という漢字は、まず『受』ける。何を? 相手の『心』を真ん中に」
「『米』を食って胃の中で消化されて『異』なるものが出てくる。すなわち『糞』です」
「何かを『十』年間『立』つ(断つ)のは『辛』い。でもこれを『一』途にやり通しちゃうと『幸(しあわせ)』になる」

栗城さんの「夢は、口で十回唱えると、叶う」は、師匠にならって、大好きな「夢」にひっかけた言葉遊びができないか思案したのだろう。