「単独無酸素での七大陸最高峰登頂」は誤解を与える

私はここでマルチビジネスの是非を論じたいわけではない。その世界で誠実に業務を行なっている人はごまんといる。私の知人も女性用下着のディストリビューターで、ヤンチャな息子を、手を焼きながらも育て上げた。ただ、栗城さんの言動にはマルチビジネスの世界の影響が色濃く表れていることを、ここで確認しておきたいのだ。

相手に夢や元気を与えることも大事だろうが、相手に誤解を与えないよう努力することは更に重要であり、人と接するときの基本である。特にビジネスにおいては。

「単独無酸素での七大陸最高峰登頂」という彼の言葉には勢いがある。だが、誤解も与える。事実、私は誤解した。私の誤解を解く努力を彼はしなかった。彼のスポンサーや講演の聴衆も、私と同じように誤解した可能性がある。永遠に誤解したままかもしれない。

栗城さんは自著の中で、彼が共鳴する近江商人の「三方よし」の経営哲学を引用している(『一歩を越える勇気』)。

「商売とは『売り手よし、買い手よし、世間よし』である」

しかし、売り手が勢いに任せて行動するだけでは「買い手よし」にも「世間よし」にもならないはずだ。イケイケ感や甘美な言葉の裏側でおざなりになる「配慮」と「ケア」……マルチビジネスの世界が抱える課題は、そのまま栗城さんの危うさでもあった。今思えば、「わらしべ登山家」というネーミングも「連鎖販売取引」とイメージが重なる。

栗城さんをエベレストに運ぶ五つの潮流

栗城さんの講演会を取材すると、私も流れの中で主催者や来場者と少なくとも3、40枚程度は名刺を交換することになる。すると早ければその晩、もしくは翌日に、その人たちから個別にメールが入る。

「本日(昨日)はありがとうございました」に始まって、自身もしくは自社のPR、今後の予定、「次は個別に飲みましょう」という誘いがあり、最後は自身のキャッチフレーズ、たとえば「人生に奇跡を!」「笑うあなたに福来たる!」「メイキャップ・ユアセルフ!」「自分を解放! 宣言」「笑って死ぬため今は泣く」……で締めくくる。

河野啓『デス・ゾーン』(集英社文庫)
河野啓『デス・ゾーン』(集英社文庫)

初めは1時間半から2時間かけてすべてのメールに返信したが、とても身が持たない。以後、ダンマリを決め込んだ。参加者の「イケイケ」モードが楽しめる人、そこに利益を生み出す人はいいのだろうが、私は正直「元気を奪われていく」と感じることがあった。

私の知る限りでは、栗城さんの営業ネットワークは5系統あった。

初期の応援団長だった札幌の某弁護士の人脈(2009年ごろ、弁護士本人とは交流が途絶えた)、札幌国際大学の和田忠久教授のつながり、日本アホ会の個性派グループ、日本アムウェイの関係者、そして講演の手本にしたKさんのパイプ。

この五つの水脈に、栗城さん自身が発掘した支流が合流し、滔々たる大河の流れとなって、彼をエベレストへと運んでいくのだ。

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