そこで「アベノミクスにより雇用が大幅に改善している日本でインフレの数値にそれほどこだわる必要がありますか」と私は質問した。バーナンキ氏は「その必要はある。それに各国が2%程度のインフレ目標を実現することで、為替市場も安定する」と答えたように思う。

彼の学問的知識で、世界は恩恵を受けている

ノーベル賞に話を戻すと、2人の共同受賞者(ダグラス・ダイヤモンド氏とフィリップ・ディビグ氏)は理論家で、恐慌のときに銀行の取り付け騒ぎがなぜ起こるかを解明した。バーナンキ氏の受賞理由は、大恐慌のときになぜ恐慌が激化、継続したかを歴史的に解明したことだ。

ノーベル平和センター
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経済学賞は学問的業績に与えられるため、授賞理由には経済政策を自ら行った功績は含まれていないが、彼の学問的知識を政策の実践で活用した業績も大きく、それにより世界は恩恵を受けているはずである。

経済学では自然科学分野と異なり、真理であるか否かの評価が確定しないこともある。正反対の経済理論が、同時受賞したことも幾度かある。たとえば、13年に「市場は経済合理的に価格形成を行う」とするシカゴ大学のユージン・ファーマ氏と「市場では人間の情熱や恐怖により非合理な価格形成が行われる」とするイェール大学のロバート・シラー氏が同時に受賞している。

経済学は「数量」を分析し、国や世界が閉じていることを考慮したうえでの「方程式」も用いる。そして、人々がおおよそ合理的に行動していると仮定すると、その「最適化」を示すのに数学の応用が有効になる。そうした結果、経済学の科学性が強調されたこともあった。しかし、さまざまな経済現象の理解には、さほど数学が重要でないこともある。

バーナンキ氏の金融政策上の活躍からもわかるように、経済学は科学性を重んずるとともに、実社会に役立つ学問であり、経済政策にも役立つ学問であるべきだと思う。必要なときには、数学はもとより歴史学、社会学、政治学、心理学、あらゆる分野の助けを借りて、より総合的・学際的な学問に発展させていく必要がある。もちろん、他の学問との関連を示すだけでは不十分で、他の分野の知見が経済分野の問題解決に具体的に役立つことを示すことが、よりよい業績となる。

ノーベル賞に経済学賞が加わってから半世紀以上経っているが、それは次のような意味で学界に好影響を与えている。かつて経済学界で評価されるのは、往々にして1つの学派を形成した人、俗にいえば学界のボスであった。しかし、ノーベル経済学賞の設立によって、個々の経済学者が具体的なテーマにおいて新しい知識を世界にもたらし、それがどう人類に役立っているかを、正当に評価する機会を与えてくれるようになった。デジタル社会において、経験豊富でたくさん物事を知っているだけでは、学者が尊敬されないようになりつつある。ノーベル賞はその傾向を促進し、経済学界の広い意味での民主化に役立っていると思う。