ベテラン受刑者は例外なく“人懐っこい”

特徴その① 人懐っこい

ムショ慣れしている彼らは、ほぼ例外なく人懐っこい。刑務官にもプリズン・ナースにも、私たち医官に対してもほんの少しニコッと笑いながら気をつけの姿勢でハキハキと挨拶をしてくる。なんというか、元気で爽やかなのだ。“爽やか”なんて刑務所にはとうてい似つかわしくない響きだけれども、この表現が一番ぴったりくる。それは好印象を与えるために自然と身についた表現方法なのだろう。

たとえば笑い顔のつくり方。あまり大げさな笑い顔をすると怒られてしまうので、刑務官の気に障らない程度に巧みにさりげない程度のスマイルを作る。人間の脳にはミラーニューロンという神経細胞があって、笑顔を見ると誰しもつられてちょっぴり楽しくなる。少なくとも悪い気はしないもの。その結果、目つきの悪い顔で凄んでくる奴よりは優しく接してあげようかと思ってしまうのが普通の反応だ。

もちろん彼らはミラーニューロンの理論なんて知識はこれっぽっちも持ち合わせていないわけだけれど、経験的にそうやって相手の心にするっと入り込む術を身につけたのだろう。中には天性の詐欺師などもいるので、こうしたカンはヘンにいい。

診察中も、「ありがとうございます。お世話かけます」なんて殊勝なセリフをちょいちょい入れてくる。それがあざといテクニックとはわかっていても、反抗的な態度を取られるよりはやりやすい。そうやって上手に自分の希望する医療を受けられるように事を運ぶ。

あの手この手で欲しいものを手に入れようとする

たとえば体調不良を理由に休養扱いをゲットしたりする。受刑者とて、なんとなくダルくて工場作業をサボりたいときもある。けれど、ふつうはそう簡単に休ませてはもらえない。

基本は全員、月曜から金曜まで皆勤賞である。でもそこで、医師の診断のうえに休養が望ましいと判断されれば休むことができる。休養許可となれば病舎と呼ばれる部屋で寝ていても怒られないのだ。この特権欲しさに仮病を使う者も少なくはない。

またいかに欲しい薬を手に入れるかも彼らには重大な問題だ。一般社会ならばどんな薬でもたいていは薬局に行けば買える。でも塀の中ではそう簡単ではない。すべては医師の指示が必要。それもなんでもかんでも思い通りに薬が処方してもらえるわけではない。とくに鎮痛剤や睡眠導入剤など中枢神経に作用するタイプの習慣性の強いものは、「くださいな」「はいはい、そうですか」とはいかない。

錠剤
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そもそもが覚醒剤やコカインなどの薬物乱用で収監された人間がたくさんいるところ。この種の薬が大好物なのである。あの手この手でこうした薬をゲットしようと企てる。時には痛がり、時にはいい子ぶり、時にはおべっかを使ったり甘えたり。それはなかなかの策士の集まりなのである。だからこそ、迎え撃つ我々医務スタッフも彼らのペースに乗せられないように淡々と医療を行うスキルが必要とされる。

なんといったってここは矯正の現場、正しく医療行為を行うのはもちろん、無駄な医療費は1円だって使ってはいけないのだから。