「~させていただきます」にイラっとするのはなぜ?

そのように考えると、「させていただく」はやはり、相手に敬意を向ける謙譲語ではなく、自分の丁寧さを示す丁重語として使われていると考えた方がよいわけです。こうした「させていただく」に含まれている意味合いは、敬意で説明するより、ポライトネスの概念を使って相手との距離感と捉えてそれを微妙に調節していると考えるとしっくりきます。

私が聞いた話として、講演会の入り口で「受講票を確認させていただきます」と言われて怒って出て行った男性の例があります。「させていただきます」と言われてなぜ怒るのかを考えたとき、じつは「いただく」は相手に触れないというまさにそのことにおいて(とりわけ言い切り形で使った場合に)相手に触れることなく結果だけを「もらっちゃうからね」と言われているような感覚を与えてしまう側面があります。それが、否定的な受け止め方を生じさせてしまう原因の一つなのではないかと考えられます。

意識調査では、このような例文に対して、中年層は比較的高い違和感を示していました。こういう場合の遠近両用ストラテジーは、必ずしもすべて人に好印象を与えているわけではないということです。「させていただく」文への違和感にはいくつかの要因が関与しているとはいえ、能動的コミュニケーション動詞が言い切り形で使用されること(たとえば「話させていただきます」や「質問させていただきます」など)は、聞き手が違和感を覚える原因の一つではないかと思います。

遠い相手にも寄り添っているように感じられる

つまり、「させていただく」使用への違和感は、単に使用頻度が高くなったことだけが原因ではなく、どんな動詞と使われているか、後ろがどんな形なのかにも関係しているということです。能動的コミュニケーション動詞の言い切り形に対して、人々は、自分の期待するコミュニケーションのあり方と違うと思っているようです。ここでは話し手の意図と聞き手の解釈の食い違いが起こっています。ここに年齢差も加わってきます。

これまで見てきたことを表でまとめておきます。表にすると、「させていただく」の現状分析と通時的変化の方向性が一致したことが見えてきます。

図表1を上下二層に分けて見ると、二つの調査結果が呼応していることがわかります。意識調査でわかった聞き手の存在・関与の重要性は、コーパス調査で「させていただく」の前にくる「話す」「質問する」など相手を必要とする能動的コミュニケーション動詞の種類が増加していたことと呼応。一方的言語行為への大きい違和感は、相手に交渉の余地を与えない「言い切り形」での使用が特に増えていることと呼応しています。