認知症の配偶者を自宅で看取るには、どうすればいいのか。“和の鉄人”として知られる料理人の道場六三郎さんは、2015年に妻・歌子さんを自宅で看取った。そこにはどんな苦労があったのか。ジャーナリストの笹井恵里子さんの著書『実録・家で死ぬ 在宅医療の理想と現実』(中公新書ラクレ)より紹介する――。

様子がおかしかったのは、2008年頃のことだった

女性の平均寿命が長いため、妻が夫を看取るより、夫が妻を看取る事例のほうが少ない。それも、「家で」となると少数派である。

そのようななか“和の鉄人”として知られる、「銀座ろくさん亭」オーナーの道場六三郎さんが、2015年1月に妻・歌子さんを自宅で看取った。

笹井恵里子『実録・家で死ぬ 在宅医療の理想と現実』(中公新書ラクレ)
笹井恵里子『実録・家で死ぬ 在宅医療の理想と現実』(中公新書ラクレ)

22年夏、看取りを行ったその自宅にうかがうと、「今ちょうど(歌子さんの)墓参りに行ってきたところなんだよ」と、にこやかに六三郎さんが出迎えてくれた。取材には次女の照子さん、道場家を陰に陽に45年間支えてきた「銀座ろくさん亭」の元“チーママ”和子さんも同席し、およそ90分、介護の日々を振り返った。

【次女・照子】母・歌子が亡くなったのは2015年1月。86歳でした。でも様子がおかしかったのはそれよりずっと前、2008年頃のことだったと記憶しています。当時、母はまだ80歳になるかどうか、といったところ。

最初に気づいたのは、母と私、私の子どもと一緒にお蕎麦屋さんに行った時のことです。皆でこれがいい、あれがいいとメニューを選び、オーダーし、よろしくお願いします、と店員さんに伝えました。そしてしばらく話をしていたら、母が「オーダーしなきゃ!」と言い出したんです。私が「さっきオーダーしたから」となだめましたが、大丈夫かなと初めて心配になりました。

とても頭のいい人だったので、プライドを傷つけるのではないか

その後、母の様子が目に見えておかしくなっていったんです。捜し物が多くなったり、同じ品物を買ってくる。料理は作らず出前で、洗濯物も全てクリーニング屋さん。別々に暮らしていましたが、時々母の家を訪れると、金額がおかしいと、やたら通帳とにらめっこして計算をしているのです。私は古い通帳と、繰越になった新しい通帳を見せて、

「お母さん、××になっているから大丈夫でしょ」

と、説明したのですが、また最初から計算をやり直す。母の目がつり上がっていました。その時、認知症の症状だと思ったんです。けれど、なんて声をかけたらいいかわかりません。母は長年、父がオーナーをしていたお店の経理を担当し、とても頭のいい人だったのです。そんな人が自分の記憶があいまいになっていくのですから、つらそうでもあって……プライドを傷つけるのではないかと、病院に行くことに迷いがありました。

でも結局その年に、私の姉・敬子と一緒に、母を大学病院の老年病科に連れて行きました。