新産業に労働力を移動させる必要がある

そのため、不良債権問題が深刻化していた状況であるにもかかわらず、政府は1997年度まで公共事業関係費(当初予算ベース)を積み増し、建設など既存分野の雇用維持を優先した。巨額損失が発生し経営体制が急速に不安定化した東芝の経営再建が難航している根底にも、雇用は守らなければならないという固定観念の影響が大きいだろう。失業に対する社会全体の抵抗感、恐怖心は、わが国の労働移動(転職や産業を超えた労働力の再配分)が停滞する一因と考えられる。

しかし、経済成長の定義に基づけば、労働力は既存分野から先端分野に移動するのが自然だ。成長を目指して、政府は労働市場などの改革を進めなければならない。具体的には、企業のビジネスモデル変換に必要な雇用調整を行いやすくするよう、解雇に関する規制を緩和する。

一方、人生100年時代の本格到来に対応するために、個々人が生涯を通して学び続け、新しい理論に習熟できる環境を整備する(リスキリング、リカレント教育)。その上で、起業や新しい産業の育成のための支援策を強化し、新しい需要を満たすための投資をサポートする。そうした経済運営が実現できれば、より多くの人が自分の力で所得を手に入れるという成功体験を実感し、さらなる成長を目指そうとする心理は高まるだろう。

新型コロナ流行前の雑踏
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チャイナリスクは日本の製造業にとって追い風

産業構造の転換に関しても、わが国は重要な局面を迎えている。ロジックとメモリ半導体分野で、わが国の競争力は大きく低下した。しかし、自動車のEVシフトや再生可能エネルギー利用のための蓄電池などに使われる“パワー半導体”や車載用の半導体分野で、わが国企業は一定のシェアを維持している。

いずれも世界全体で需要は伸びている。高純度の半導体部材、工作機械、塩化ビニル樹脂などの分野でもわが国企業の競争力は依然として高い。しかも、1990年以降、多くの企業では過度にリスク回避の心理が高まり、内部留保が蓄えられた。

海外情勢に目を向けると、一強体制を確立した中国の習近平総書記は台湾に対する圧力を強めている。極東地域の安定、世界経済への汎用型の半導体や高機能素材の供給地として、わが国の役割期待は高まっている。その状況を追い風にして、政府は構造改革を進めるべきだ。それができれば、企業の強さがよりダイナミックに発揮される可能性は高まる。経済全体で新しい需要創出に向けた取り組みが加速し、稼ぎ頭である自動車に比肩する産業の育成も進むはずだ。