「岸田首相は黒田総裁になめられている」
しかし、この岸田発言とは裏腹に、政府内では日銀の黒田総裁の金融政策に対して苦々しく思っている空気は拭いようがなかった。そうした政府内の本音が露呈したのは9月下旬の最初の円買い介入だった。
「黒田総裁が頑なに金融緩和の維持を主張して譲らない。(為替介入について)米国の理解も得られたので、とりあえず単独介入で凌ごうということです。145円が介入ラインとなったが、いつまでもつか……」
ある政府関係者は、9月22日に断行された政府・日銀による約24年ぶりの円買い・ドル売り介入についてこう指摘する。
実際、9月21・22日の日銀の金融政策決定会合を前に官邸は黒田総裁の姿勢にいら立っていた。3月初めまで1ドル=115円程度で安定していた円相場は足元、140円台まで下落していた。半年間で30円も円安が進行し、輸入物価の急騰から消費者物価(生鮮食料品を除く)の上昇率は3.0%まで高まっている。各種商品価格の値上げは国民生活を直撃、旧統一教会問題も加わり、岸田政権の支持率は急落している。
にもかかわらず黒田総裁は「経済は回復途上にあり、金融緩和を継続することが適当」と譲らない。とくに米FRBは21日に通常の3倍、0.75%の利上げに踏み切った。「このまま日銀が動かなければ、岸田首相は黒田総裁になめられていることになる」(政府関係者)との危機感が高まっていた。
金融緩和の大転換は米国が握っている
政府の「伝家の宝刀」は、その最中に抜かれた。円相場が145円90銭前後と146円が目前に迫った直後の午後5時ごろ、財務省はついに3兆円超の円買い介入に踏み切った。「金融緩和の維持と円買い介入は矛盾する政策。ちぐはぐな政策に踏み込んだのは明らかな黒田日銀の決定に官邸がノーを突き付けたようなものだ」(市場関係者)といえる。
市場では現在も、政府が円買い・ドル売り介入の有無を明らかにしない「覆面介入」をしているとの見方が燻る。市場が黒田総裁を追い込み、金融政策の転換を催促するような展開が続く。
はたして金融緩和の転換はいつ訪れるのか。黒田総裁の任期中は望み薄であろうが、では来年4月の新総裁就任を境に大転換するのか。答えはノーである。カギは日銀ではなく、米国が握っているためだ。米国の利上げが終了し、米経済がランディングするまで、日本は金融緩和でマネーを供給し続けなければならないだろう。
黒田総裁が10年近くにわたり推し進めてきた「異次元緩和」はいわば日本経済を舞台にした「壮大な実験」だったと言っていい。その理論的支柱はバーナンキ氏らマネタリストが提唱する「マネーの供給」だった。その実験の成否はいずれ歴史が証明する。