※本稿は、宮口幸治『「立方体が描けない子」の学力を伸ばす』(PHP新書)の一部を再編集したものです。
何でもかんでも「すごいね」と褒めても響かない
褒めること自体はとてもよいことだと思います。しかし、どうでもいいようなことを、いつでも何度でも褒められても全く心には響かないでしょう。やはり、褒めるタイミングや回数、褒める内容を考慮せねばなりません。
PHP新書『子どもが心配』に収められた、養老孟司さんとの対談でも述べたことですが、例えば勉強ができなくて困っている子に、「気持ちがやさしいね」とか「走るのが速いね」など、全く違うことで褒めても、問題解決にはつながりません。また、一部の大人がしてしまいがちなことですが、何でもかんでも「すごいね」「上手だね」と褒めても、当然ながら子どもの心には響かないでしょう。
褒めるときには、子どもが自分でも頑張ったと思っていることを褒めることが一つのポイントです。子どもは、褒められたこと自体はもちろん、自分の頑張りをきちんと見てくれていることに嬉しさを感じるはずです。
悪いことを自覚している時に追い打ちをかけてはいけない
ところで、叱って伸ばすというのはどうでしょうか。私自身は、子どもを叱らないで、考えさせるようにしています。「こんなことしてどう思う?」と子どもに訊ねるのです。何か叱られるようなことをした場合、子ども自身も「悪いことをしてしまった」と自覚していることも多いといえます。子ども自身が大変つらい思いになっているときに、さらに大人から叱られると、失敗した後のダメ出しとなり、もっとつらくなってしまいます。
例えば、子どもが危ないことをしてケガをしてしまったとき、最もつらいのは本人です。本人がつらいところに、そこでさらに叱って追い打ちをかけると、もっと惨めな気持ちになってしまう。そこで子どもが心を閉ざしてしまう可能性もあります。
他の子どもが同じように失敗したケースについて考えさせるのもいいでしょう。例えば、ずっと遅刻を繰り返している子どもには、後日、別の子が遅刻したタイミングなどで「こんなふうに遅刻してしまうこと、どう思う?」といった具合に、考えさせるのです。恥をかかせないように本人を立てて、その子に、遅刻する子がいたらみんなが迷惑するということを、気づかせるような方法です。
自分のミスを直視させたら、恥ずかしくてつらいものです。ですので、本人が遅刻していない、落ちついているときに聞くようにすると「あ、これ自分のことだ」と素直に気づくことができます。「これから気をつけよう」と思うようになるのではないでしょうか。