たとえば「アメリカ横断ウルトラクイズ」。1977年~1998年に放送された日本テレビ系列の伝説の視聴者参加クイズ番組だが、「クイズ」というバーバル(言語)に頼る要素が入りつつも、アメリカを横断し、泥だらけになったり空から降ってくる問題を走って追いかけたり、さらに過酷な罰ゲームが用意されていたりと、視聴者がワクワクするポイントは「ノンバーバル」なものだったのではないか。
さらにこの番組を「元ネタ」にした「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」(日本テレビ系列 1989年~1996年)や、同じくビートたけしの「スーパーJOCKEY」(日本テレビ系列 1983年~1999年)なども、身体を張った笑いを中心に据えたノンバーバルバラエティーだと思う。
そしてテレビ朝日系列の「さんまのナンでもダービー」などもそうだろう。水をかけられながら「ダービー池」の上で落っこちないようにつかまって耐えたり、着ぐるみで競走したりとノンバーバルな面白さをウリに1993年~1995年に放送された人気番組だ。
「トークバラエティー」の隆盛
このように数々の言葉に頼らないノンバーバルバラエティーが、20世紀には日本のテレビの主役だった。しかし21世紀に変わる頃には、お笑い芸人などを雛壇に並べる「トークバラエティー」に取って代わられていった。
1997年に始まった日本テレビ系列「踊る!さんま御殿‼」や、2003年開始のテレビ朝日系列「アメトーーク!」がエポックとなったのではないか。芸人やキャラの面白いタレントたちが雛壇でトークの面白さを競い合う番組がテレビの主役となっていった。
ノンバーバルバラエティーが消えていった理由は大きく2つある。ひとつは「予算規模の縮小」。バブル以降次第に番組の制作予算は削られ、1億円をかけてたけし城を作るようなことは難しくなった。もうひとつは「コンプラ」だ。番組に参加する視聴者に身体を張らせ、それが芸人であっても過激なチャレンジはコンプライアンスの都合で難しくなった。
トークバラエティーはたしかに面白い。視聴率も取れた。なぜなら共通の体験などを基盤とするトークは視聴者に共感を持ってもらいやすいからだ。視聴者が「あるある」と、思わずクスッときてしまうような笑いは、わかる人には非常に深く刺さる。
ただし弱点もある。共通の基盤がない人にはまったく通じない。大前提として日本語がわからなければならない。そして、同じような価値観、同じような生活を送っていなければ共感は得られない。
「踊る!さんま御殿‼」や「アメトーーク!」でクスッと笑えるのは、たぶん日本社会で生活する人だけだ。番組として国際的な競争力はまったく持ち合わせていない。実際にこうしたトーク番組が、海外に輸出され成功した事例はほとんどない。