安倍元首相ほど熱心な政治家はいない

こうした事後対応のまずさもあって自民党は政権を失った(09年9月)が、安倍元首相は再起を期して経済政策、特に金融政策を徹底的に勉強されていた。本田悦朗氏(元財務省)から岩田規久男氏(学習院大学名誉教授で後の日銀副総裁)の学説を聞いて関心を持ち、髙橋洋一氏(嘉悦大学教授)らと盛んに勉強会を開いていた。

また、「雇用の回復・デフレ脱却には金融政策が不可欠」「政治行政が金融政策に手をつけてはいけないという思い込みは間違い」との認識を持たれ、私の諮問会議での提言も聞いていただいたと思う。それまでにも政治家にレクチャーさせていただく機会は多くあったが、安倍元首相ほど貪欲に経済・金融について学ばれた方はいなかった。そうして自民党が下野していた3年間でアベノミクスを構想し、共にノーベル経済学賞受賞者のクルーグマンやスティグリッツからも熱心に聞いておられた。

そして12年末の政権奪回と同時に、この画期的な経済政策がスタートしたのだ。さらに、13年3月には「デフレから脱却して2%の物価安定目標を達成するには大胆な金融政策が必要」との認識を共有する黒田東彦氏が日銀総裁に就任し、ようやく円高基調が是正されることになった。

なお、アベノミクスは多くの雇用を生んだという評価に対し「増えたのは非正規雇用がほとんどで実質賃金の低下を招き、むしろ格差を拡大したのだ」と批判する向きもあるが、これはまったく正しくない。まず、本稿冒頭で触れた「新規就業者数約500万人増加」には、正規雇用が200万人含まれている(民主党政権時代は50万人の減だった)。また実質賃金は実際の手取り額を物価上昇率で割り戻して算出するので、デフレ下では手取り額が減っても実質賃金は増加するのだ。

さらに言えば、景気が回復してこれまで働いていなかった主婦がパートに出たり、定年後に再就職先が見つからなかった退職者が雇用されたり、多くの新卒者が就職できて労働者の裾野が広がれば、平均賃金が下がるのは当然だ。安倍元首相ご自身も、仮想例として「夫だけが働いて60万円の収入を得ていた世帯で、妻がパートに出て10万円を稼ぐようになると、世帯収入は70万円(夫60万円+妻10万円)に増える。だが被雇用者1人あたりの平均賃金は35万円(70万円÷2人)に低下する」と私との対談で反論されている。

こうした数字の背景を理解せず、あるいは意図的に利用して「安倍政権で生活は苦しくなった。格差が拡大した」などと批判するのは、はたしてフェアだろうか? 次回以降も述べるが、安倍政権やアベノミクスにも反省点はある。しかし、これから日本経済を前進させ、より良い政策を採用するためにも、安倍政権の政策の評価は冷静かつ客観的に行われるべきである。

(構成=渡辺一朗)
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